乳白色のお湯を揺らして、バスタブの縁に肘をついた。
私の視線の先には髪を洗っている昴さん。
と、その足元にある陶器のくまさんのシャンプー。昴さんの趣味全開な可愛らしいくまさんだ。
ラブリーなバスグッズは他にも置いてあるけど、このくまさんが一番の古株。私ともずいぶん長い付き合いになってきた。
初めてこれを見た時は目を疑ったけど、今ではすっかり気に入っている。
…こんな風に一緒にお風呂に入る日が来るなんて、あの頃は想像もしてなかったなぁ。
すすぎを終えた昴さんがシャワーを止める。
キュッという小気味良い音がバスルームに響いた。
凛々しい輪郭やくっきりと浮かび上がる喉仏を、水滴が伝い落ちていく。
鬱陶しそうに前髪をかき上げる昴さんがすごく色っぽい。
彼の肌を這うように伝う水滴が、また妙にいやらしくて──
私は無意識に目で追ってしまった。
「スケベ」
ちらりと視線を寄越した昴さんが口角を上げる。
私はバシャンと飛沫を上げて慌てて昴さんに背中を向けた。
赤面した顔を隠したくての事だけど、もちろん彼にはバレバレだ。
この人は何もかもが心臓に悪い。
昴さんが笑いながら私の頭に手を置くので、私は無言のまま前にずれて昴さんが入るためのスペースを作る。
彼はお湯を揺らして私の後ろに腰を落とした。
いつものように私のお腹に腕を回して、軽い力で引き寄せる。密着すると頭に顎を乗せてきた。
未だに頬の熱が引かなくて恥ずかしさから抜け出せない私は、彼にまた何か言われる前にと急いで口を開く。
「昴さんくまさん気に入ってますよね」
「…ん?」
あれです、と陶器を指差す。
「あー…まぁ…ずっと使ってるから、何となくな」
大事そうに使ってるくせに素直に言えない昴さん。
「いつから使ってるんですか?」
「結構前だよ。よくは覚えてねぇけど」
昴さんはくまさんを指し示していた私の左手を取り、温かなお湯の中に戻しながら言う。
そのまま中で指先を絡めた。
「可愛いですよねくまさん。なんか、見てたら昔のこと思い出しちゃいました」
「昔って?」
「最初、ただの警護対象としてこの家に来たときです」
あぁ、と納得した様子の昴さん。
「付き合う前か」
「うん。あの頃はまさか昴さんと付き合うなんて思ってもみなかったです」
「おい、何だその言い草は」
湯船の中で絡められた指にぐっと力が篭る。
「いやっ!変な意味じゃなくて…昴さんは私に優しかったけど、好きとかとは違うと思ってたから」
…あ、そういえば。
話しながら、私は前から昴さんに聞いてみたい事があったのを思い出した。
これはきっと恋する女の子なら誰でも気になることだと思う。
ちょっと恥ずかしいけど、勇気を出して聞いてみた。
「…昴さんは、その、いつから…私のことを」
…聞いてみたんだけど。
やっぱり、声に出したらやっぱり恥ずかしくて──
放った言葉は霞んで湯気と一緒に消えていった。
からかわれたらどうしようと思って小さく唸る。
昴さんは私の頭から顎を離すと、首筋に唇を寄せた。
「わかんねぇ。気付いたら好きになってた」
むき出しの肌に触れる吐息と思いがけない言葉にドキッとした。
あからさまに体が震えてしまった私を宥めるように、昴さんはお腹に回していた腕を上にやって肩を抱く。
両肩と繋がれた左手。
生まれたままの姿を、全身を、私は昴さんに絡めとられていた。
「いつからとか何でとか聞かれても答えらんねぇよ」
「…昴さん…」
迷いなく響く彼の言葉が、嬉しくて堪らなかった。
「つーかお前、俺と付き合うと思わなかったとか言ったけど」
「俺がおまえを好きになった以上、俺のもんにならない訳がねぇだろーが」
昴さんらしい発言に思わず吹き出した。
私は拘束を解いて体を反転させると、その広い胸に顔を埋めた。
意図せず私の胸も押し付ける形になってしまったけど──
「…誘ってんの?」
ふっと笑う昴さんだけど、その腕は優しく私の背中を抱き締める。
彼はそれ以上何も言わなかった。
静かにただ抱き合う私たちを、
くまさんが微笑んで見守っていた。