「ここでいいか?」



不自然なくらい明るい駅前に、昴さんは静かに車を停めた。



「はい。ありがとうございました」



彼はシートベルトを外しにかかる私をちらりと見てから、腕時計へその視線を落とす。



「…もう23時だぞ」



昴さんはもう何度目かもわからないため息を吐いた。



「明日出すレポート見直したいんで…」

「持ってきとけば今夜泊まってウチから大学行けたじゃねーか」

「そうなんですけど…。忘れちゃったから」



この会話も何度か繰り返されている。


今日は昴さんは深夜からのシフトだったから、それまでの時間を彼の部屋で一緒に過ごしていた。

出勤のために彼が身支度を始めた時、私も自分の家に帰りますと言ったら、私が一人で部屋に泊まっていくと思っていたらしい昴さんはすごく驚いて。

何でもっと早く言わないんだ、こんな遅い時間に帰るなんて危ないだろ、ってそれはもう怒られた。

桂木さんに連絡するから家まで送って行くと言う昴さんを何とか止めて──この最寄り駅まで送ってもらったという訳だ。



「ごめんなさい。気を付けて帰ります」



昴さんは私の頭にぽんと手を乗せると、怖いくらい真剣な表情で言った。



「遠回りしてでも明るい道通れよ」

「わかってます」

「電車も気を付けろ。この時間はタチの悪い痴漢が多いから、ドア付近には絶対に立つな。…ったく、電車なんか昼間でも乗せたくねぇってのに」



声に苛立ちの色が混じる。



「いや電車は…平気ですよ」

「前から言おうと思ってたんだけどな、First nameは警戒心が足りなさ過ぎる。お前みたいな隙だらけの女が一番狙われやすいんだ」

「何かあったとしても、やめて下さいってちゃんと言いますよ?」

「何かあってたまるかよ」



私は総理令嬢という身上を狙う事件に巻き込まれることは多々あれど、痴漢の類いに出くわしたことは今まで一度も無かった。昼でも、夜でも。
だから正直、自分自身にはあまり現実味の無い話のように感じてしまう節がある。


でも、昴さんには悪いけど。

そんな風に心配して貰えることが──実はちょっと嬉しい。


愛されてるとか大事にされてるっていうのは勿論だけど。


わたし女の子なんだな、って感じるから。


…言ったら怒られるから絶対口には出せないけど。



「とにかく油断はするな。家着いたらちゃんとメールしろよ」

「はい」



昴さんは手を私の耳に添えると身を乗り出し、ちゅっと軽いキスをしてくれる。



「…気を付けてな」



低く囁く。



昴さんもね、と微笑んでから、私も勇気を振り絞ってキスを返した。

彼は一瞬驚いたような表情を見せて。

そのあと、やっと笑ってくれた。






軽く左手を上げる昴さんに手を振って、車が去るのを見送る。




さぁ、気を付けて帰ろう。




よしっと気合いを入れて、私は駅へと入った。






  

















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