ラグに座り込み背中を丸めて意識は一点集中。
今週のペディキュアはアクアブルーに決めた。
爽やかなマットカラーは、夏らしい印象が気に入って先週買ったものだ。
不器用なのは重々承知なので少しずつ慎重に、できるかぎり丁寧に塗っていく。
色ムラにならないように細心の注意を払いながら夏色に彩られていく私の爪。
なんだけど。
「はみ出してるぞ」
背後のソファで本を読んでいた昴さんが涼しい声色で言い放った。
「…いいんです。乾いたらそこだけ剥がすから」
不器用なのは生まれつきなの!しょーがないの!
ぷっ、と昴さんが小さく噴き出すのがわかったけど気付かなかったことにした。
そうして周囲の皮膚をも夏色に染めながら、何とか一度塗りは終了。
エナメルの蓋を閉めて目の前のローテーブルにことりと置いた。
乾かして二度塗りしなきゃ。
「剥がすんじゃなくてすぐ修正するんだよ。ウッドスティック持ってないのか?」
「持ってないです」
「そういう時はスティックにコットンを巻いて除光液を含ませるんだ。それでふき取れば皮膚も痛まない」
「はぁ」
「1本あるといいぞ。ケアにもアートにも使えるし」
へぇ便利なんですねー!ってそうじゃなくて。
次からそうしろよとか言いながら読んでいた本をテーブルに置き、ゆったりと楽にする彼をじっと見つめた。いくら昴さんでもネイルアートは…。
きっと、いや絶対聞かないほうが精神衛生上よろしいに決まってるんだけど。
わかってはいるんだけど。
「あの…何でそんなことに詳しいんですか」
「昔ネイリストの女と付き合ってた」
やっぱり聞かなきゃよかった。私のばか。
テンションと共に下がった視線の先のアクアブルーがほらね、と勝者のような存在感を放つ。何だかちょっと馬鹿馬鹿しくなった。ああもう。早く終わらせてしまおう。
そう思い再びエナメルを手に取る。
「First name」
名を呼ぶ声に振り返ると、私を見下ろす昴さんが顎をしゃくった。
「隣に座れ。俺がやってやる」
「へっ?」
ほら、と自分の太ももをぽんぽんと叩く。
「脚のせろ」
「塗ってくれるんですか?」
「不器用すぎて見てられねぇからな」
口角を意地悪そうに上げて笑う彼の隣に、じゃあお願いします、と大人しく腰を落とし右脚とエナメルを預けた。
そうして親指から順に丁寧に重ねられていく色。
淀みなく素早く、綺麗に仕上がっていく。
真剣な眼差し。
人が何かに集中する姿って色っぽいと思うけど、昴さんの場合は特に絵になる。ぼうっと見つめてしまう。
だけどそんな彼の魅力を知っているのは私だけじゃない。過去までは独占できない。
不意に作業の手を止めて視線をよこした昴さんがフ、と微笑んだ。
「バカ。昔の話だって」
最後の女はお前だろ?
恋する女とは簡単なもので沈んだ心はあっさりと浮上した。
はみ出した部分と一緒にモヤモヤも除去してもらって、専属ネイリストというには惜しいほどの腕前。ちょっと悔しい気もしなくもないけれど。
私は爪先の夏に酔いしれた。