やらないか♂

 ジャバウォック島、某所。
 音楽が鳴り響く中、四人の人間が踊っていた。どうやら一人の女が、三人の男に歌と踊りを教えているようである。
 三人の内の一人――長身の男は、歌いながら踊っている。体力的に辛そうであるが、それでも彼は真面目に歌い、踊っていた。残りの二人は、合いの手を入れながら踊っている。彼等は皆、真剣だった。


 二時間くらい経っただろうか。彼等は汗だくになり、床に座り込んでいた。はあはあと息を荒げながら、女が立ち上がる。

「――か、完璧っすよ。一週間でマスターしちゃうなんて、三人共凄いっす!」

 疲れている筈なのに、彼女は頭を振り回して歓喜の雄叫びを上げた。

「まあ、こうやって毎晩練習していたしな」
「僕は昼間も練習してたよ。暇だったしね」
「ほう、なかなか殊勝な心掛けだな」
「あはっ、誰も僕を誘ってくれなかったからね。お蔭でお出掛けチケットが溜まりに溜まって――あははははっ!」
「落ち着け!」

 三人がわいわい会話を交えていると、ふと男の一人が黙り込んだ。それに気付いた男が、彼に声を掛ける。

「どうしたの?」
「い、いや。俺様は闇の電脳世界には詳しくないのだが――果して、この儀式は成功するのか?」

 男が不安げに呟くと、女が奇声を上げながら割り込んできた。

「大丈夫っすよ、成功間違いなしっす! 選曲もばっちしっす! それに歌と踊りは、世界共通の肉体言語なんすよ!」

 だから心配要らないっす――と、女はぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。男は困惑を隠すことなく、そうか――とだけ言い、他の二人を見た。一人は始終にこにこ笑い、もう一人は――男と同じように、困惑の表情を浮かべていた。
 果して、これは上手くいくのだろうか。それは誰にも判らなかった。




――――




 夜。ジャバウォック島のライブハウスに、一人の男がやって来た。
 男の名前は左右田和一、超高校級のメカニックと呼ばれている男である。彼の手には、一枚の紙が握られている。
 夜のアナウンス後、ライブハウスに来てください――とだけ書かれた、怪しげな紙が。


 彼はつなぎ服のポケットに手を入れ、中に入っているレンチを撫でた。生粋のメカニックである彼は、工具が傍にないと落ち着かない性分なのだが――逆に、工具を触ると落ち着くことが出来た。
 故に彼は工具を撫で、気を落ち着けているのである。しかし今回は、気を静める為だけに撫でている訳ではなかった。
 万が一の護身用として、すぐ取り出して殴れるように撫でているのである。
 小心者な彼は、謎の呼び出しが怖かったのだ。もしかしたら殺されるかも――などと、とんでもない発想が生まれるくらいに。
 それでものこのこやって来る辺り、小胆なのか大胆なのか判らない男である。


 意を決し、左右田はライブハウスの扉を開けた。中は真っ暗で何も見えない。
 左右田は、生来の鋭い目を更に鋭くさせ、息を潜めて気配を探った。中に誰か居ないかを、視覚と聴覚で確認しているのである。
 忍び足で中へ入る姿は、正に夜行性の肉食獣のようで――凶悪な相貌も手助けして、最早獣そのものだった。
 しかし中身は小心者。恐怖に震えながら、レンチを握り締めている――犯罪者一歩手前な小心者である。中へ入ったは良いものの、どうしたら良いのか判らず、おろおろしながらびくびくしている。
 だが、そんな彼に構うことなく――ライブハウスに明かりが灯った。
 突然の光に思わず目を瞑った彼は、無意識にレンチを取り出して――いつでも振るえるように構えた。だが、何かが近付いて来る気配もなく――彼は眩しい光の中、ゆっくりと目を開けた。
 そして、彼は気付いた。ライブハウスの舞台上に、見知った三人の男が立っていることに。


 ――何をやっているんだ。
 彼がそう問おうとした瞬間、一人の男――田中眼蛇夢が、右手を上げて叫んだ。

「地獄から這い寄りし、混沌なる調べの幕開けだ!」

 それ合図だったのだろうか。突然、ライブハウスに音楽が流れ始めた。三人が踊りらしきものをし始める。左右田は放心状態で三人を見詰め、ぼうっと立ち尽くしていた。
 そんな左右田を見詰め返し、田中が歌い始めた。

「――やらないか♪」

 田中渾身の美声だった。もし言われた人間が女だったなら、腰が砕けて倒れ込んでしまうくらいの――渾身の、美声だった。
 しかし、相手は男の左右田だ。腰が砕けるどころか、顔の片面だけ無表情、もう片面は引き攣ったように口角を上げているという――面白くて恐ろしい顔になっていた。
 それでも田中は、歌うのを止めない。

「やらないか♪」

 再び田中は、左右田に向かって美声を発した。しかし左右田は、面白い顔から困惑の表情に曇らせて、何をやるの――と小さく呟くだけであった。だが田中には、その呟きが聞こえない。

「――やらないか♪ ゆらり、ゆらり、揺れてっいーるっ♪ おっとーこごこーろっ、ぴーんちっ☆ かなり、かなり、やばいっのーさっ♪ たっすーけてダーリン、くらくらりん♪」
「やらないか?」

 田中の無駄な美声に、二人――日向創と狛枝凪斗――が、やらないかと合いの手を入れる。

「なーにもーかーもがーっ、新っしーい、せーかいーにぃっ来ちゃったZE☆ たくーさんーのぉドッキードッキー☆ 乗り越え踏み越えイっクっぞ☆」
「やらないか?」

 三人が、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで、舞台の上を軽やかに舞う。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪ こっ、の想いは止められないっ♪ もぉっと☆ おーとーこチック♂ パーワーッ☆ きーらりんりんっ♪ ちょっ、と危険なKA・N・JI♪」
「やらないか?」

 左右田は茫然自失となり、三人を眺めていた。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪もっ、うドキドキ止められないっ♪ もぉっと、ドーラーマチック♪ こーいっ、ハーレルヤ♪ ふっ、たりだけでやらないか♂」
「やらないか?」

 ふっ――と田中が微笑み、左右田に向かって台詞を述べる。

「――良かったのか? ホイホイ付いて来て」

 美声を浴びせられた左右田は、硬直した。恐怖によって、硬直した。そんな左右田を放置して、田中は再びノリノリで歌い出す。

「凄く、凄く――大きいです――おっとーこごこーろっ、チャーンス☆ ハァートっとーかっ、飛び出っそーおっ♪ おっねーがいダーリン、ハラハラりん♪」
「やらないか?」

 大きいです――だけを至極真面目に宣い、田中は舞台上を踊り狂う。日向も狛枝も、同じ動きで踊り狂った。

「おーまえーだーけをーっ、見詰めってーる、おーれにーはぁっ知らんぷり♪ 気付ーいてー欲ーしーいーんーだっ♪ ☆ときめき☆ ☆くそみそ☆ ☆好・き・さ☆」
「やらないか?」

 く、くそ? と疑問を呟く左右田に、答える人間は誰も居ない。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪ そっ、の秘密を教えろよ☆ もぉっと☆ おーとーこチック♂ モーノーッ♂ ぶーらりんりん♪ やっ、ぱ笑顔がス・テ・キ♪」
「やらないか?」

 普通の人間なら逃げても可笑しくない状況であるのに、律儀に見ている左右田は――案外、度胸があるのかも知れない。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪ よっ、そ見してちゃダメダメよぉっ☆ もぉっと、ローマーンチック♪ こーいっ、シャーラランラ♪ かっ、なでたいぜやらないか♂」
「やらないか?」

 三人が舞い踊る。悪魔を呼び出す儀式の如く、禍々しい狂気の踊りを。

「Oh――」

 日向が甘い吐息を漏らす。その表情は、とても官能的だった。

「Ah――」

 狛枝が恍惚とした様子で微笑み、溜め息のような声を上げた。それにしても此奴、ノリノリである。

「Oh Yeah――」

 普段なら絶対に見ることが出来ないであろう、田中の貴重なアヘ顔シーンであった。しかも美声付き。人によっては感涙ものだが、生憎左右田にとっては鳥肌ものだったようである。

「おーとこーのーこはーっ、いつだぁって、ゆーめ見ーるぅっ漢女♂(おとめ)なの☆ ピュアーっピュアーなぁこっこーろっで♪ 恋して愛してS――O――SO」
「アーッ♂!」

 三人の低い雄叫びと、股間を強調するかのような奇怪なポーズに――左右田は肩をびくんと跳ねさせ、レンチをぎゅっと握り締めた。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪ こっ、の想いは止められないっ♪ もぉっと☆ おーとーこチック♂ パーワーッ☆ きーらりんりんっ♪ ちょっ、と危険なカ・ン・ジ♪」
「やらないか?」

 左右田は握り締めたレンチを胸に当て、神に祈りを捧げるように天を仰いだ。

「やらないか♪ やらららいっか♪ やーらっ、やーらかいかい♪ もっ、うドキドキ止められなアーッい♪ もぉっと、ド♂ーエーロチック♪ こーいっ、ハーレルヤ♪ ふっ、たりだけでやらないか♂」

 すっと、田中だけが踊りを止めた。そして、いつもの恰好良いポーズを決め――左右田に向かって、こう言った。

「お前、俺のケツの中で小便しろよ」

 は――と、左右田の肺から、空気が一瞬で抜けた。しかし田中は、矢継ぎ早に宣う。

「それじゃあとことん悦ばせてやるからな――」
「やらないか?」

 日向と狛枝は、踊りながら合いの手を入れている。そして再び田中が左右田を見て、また宣った。

「腹ん中がパンパンだぜぇ☆」

 何でだよと突っ込む間もなく、田中がまた喋り出した。

「俺はノンケだって構わないで喰っちまう人間なんだぜ?」

 たんっ、と。田中が舞台から飛び降り、左右田の下へ歩み寄った。そして――。

「――やらないか♂」
「やらないか?」

 日向と狛枝の合いの手を伴わせて、やらないか――と、左右田を見据えて囁いた。それと同時に曲が終わり、ライブハウスが無音に包まれる。
 田中はじっと、左右田を見ていた。何かを期待するように。
 日向と狛枝も、左右田を見ていた。どや顔をしながら、何かを待つように。
 左右田は二、三回瞬きをし、田中を見てから、日向と狛枝を見た。そして、ははは――と、普段の彼らしからぬ無機質な笑みを浮かべ、錆びた機械人形のような動きで拍手をした。

「ああ、はい。素晴らしいと思います。素晴らし過ぎて――わたくしのような一介のメカニック如きには全く理解出来ませんでした」

 普段の口調は何処へ逝ったのか。一人称すらも迷子になってしまった左右田は、足音も立てずに高速で後退りし、ライブハウスの扉へ背中を預けた。

「申し訳御座いませんが皆様のように立派で高尚な方々とわたくしのような愚劣で軽薄な汚物以下の人間では頭の出来が違い過ぎて理解し合えないと思いますので今後から邪魔にならないよう皆様には近付かないように致します今まで仲良くしてくださって有り難う御座いました」

 無機質で早口な台詞を、息継ぎ無しで一切噛まずに言い切った左右田は――扉を開け、全力で逃走した。
 その瞬間、ばりん――という音が、三人の生徒手帳から鳴り響いた。何事かと思い、三人が手帳を確認すると――。
 左右田との希望の欠片が、三人共0になっていた。

「――な、何でだああああああああっ!」

 ライブハウスに、三人の悲痛な叫びが響き渡った。




――――




「――あれれ? お、可笑しいっすねえ」

 裏方で音楽を鳴らしていた澪田が、三人の様子を見て呟いた。

「和一ちゃん、つなぎ服だから判ってくれると思ったんすけどねえ――『和一ちゃんとらぶらぶになろう作戦』は大失敗っすかぁっ!」

 頑張って考えた作戦なのに――と、澪田は頭を抱えて蹲り、己の失敗を嘆いた。




 その後。澪田から真実を聞いた左右田は、三人とまた交流するようになったが――その手には必ず、レンチが握り締められるようになっていた。

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