淫れろ雪月花
よく判らない南国の島での修学旅行が始まり、同級生達と交流を深め合う日々を過ごしていく中、お互いをもっと知りたいと思うことは必然的なもので――。
切っ掛けは、女子達の行った女子会とやらであった。
女子だけが集まり、夜通し騒いでいたのを翌日に男性陣が知り、ならば俺達も男子会なるものをしてみようじゃあないかとなり――現在に至る。
此処は日向創のコテージで、男子全員が床に座り込み、菓子を食べたりジュースを飲んだりしながら、和気藹々と雑談を交わしている。
コテージの主である日向もその中の一人で、今は狛枝凪斗の演説という名の拷問を受けている真っ最中である。
正直演説を切り上げて、他の奴等に狛枝を押し付けたい日向であったが、狛枝がべったりとへばり付いているので――それは叶わない。
話題を変えようとも思うが、何を言っても話題は希望の話に掏り替わるので、全く意味がない。
仲良くなるための男子会なので、邪険にすることも出来ない。
さてはてどうするか――と、日向が胃痛を感じ始めた時、花村輝々が全員に向かってこう言った。
「実は昨日、モノモノヤシーンで面白い物が出たんだけど――」
――皆で飲まない?
そう言いながら花村は、コテージに来る時に持参してきた風呂敷袋から、数本の一升瓶を取り出した。
その一升瓶には「淫れ雪月花」という名前が書かれていた。
「何だそりゃ」
そう言ったのは左右田和一で、淫れ雪月花を訝しげに睨んでいる。
「淫れ雪月花っていう、アルコールフリーのお酒なんだってさ。アルコールフリーなのに酔うらしいよ?」
「アルコールフリーか」
未成年だけど、アルコールフリーなら良いか――と、九頭龍冬彦は一人言ちる。
「無っ、なかなか面白そうじゃのう!」
「ふんっ、下らんな。アルコールの有無よりも、味の良し悪しが大事だろう」
淫れ雪月花を持ち、好奇の眼差しでそれを眺める弐大猫丸と、菓子をばりぼりと貪りながら、十神白夜が偉そうな物言いで喋る。
「ふはっ! 淫猥なる白雪の華から齎されし魔の水か――面白い! 制圧せし氷の覇王である俺様が、全て喰らい尽くしてくれるわ!」
「喰うんじゃなくて飲むもんだろうが。あと、一人で全員飲むなよ」
淫れ雪月花を長々とした表現に変換し、いつも通りの覇王様なノリをかましてくる田中眼蛇夢に、左右田が軽く突っ込みを入れる。
「へえ、何だか面白そうな飲み物だね! 希望に満ち溢れているよ!」
何がどう希望に満ち溢れているのか判らないが、狛枝は演説を中断し、淫れ雪月花に興味を示している。
好機――と、日向は思った。
このまま演説を聞かされ続けるよりは、この酒擬きを飲ませて黙らせた方が良いと判断したのだ。
それが、全ての終わりだとも知らずに。
――――
一時間後、日向創のコテージ内。
其処はまさに――混沌としていた。
「あっはっはっはっ! 狛枝ぁっ、おらぁっ! パンツ寄越せごるぁっ!」
今の発言は日向創本人のものであり、現在彼は狛枝凪斗の衣服を剥ぎに掛かっている真っ最中である。
因みに花村輝々は日向の手によって気絶させられた後、全裸にされ、現在は部屋の端に転がされている。
なので花村のパンツは今、日向のズボンのポケット内である。
「脱げぇっ! そして俺にパンツ寄越せぇっ!」
「うわああああん! 止めてよ日向君っ! やだよぉぉっ! ふぇぇええんっ!」
そしてこれは狛枝の発言である。普段の飄々たる態度は完全に吹き飛び、号泣しながら脱がされまいと必死に抵抗している。
そんな二人を見て、ふらふらと立ち上がった人間が居た。それは――。
「日向さん、狛枝さんが嫌がっているので止めてあげて下さい」
――左右田和一だった。
いつもの軽薄な振る舞いは何処へ逝ってしまったのか、普段の砕けた物言いが敬語に取って代わり、日向を止めに入ったのである。
しかし、それがいけなかった。
「左右田ぁっ――お前のパンツも、まだだったなぁ?」
「ふぇっ?」
焦点の合わない日向の目が、左右田を捉える。そして――。
「――パンツ寄越せやあああっ!」
「ぎにゃあああっ!」
日向は左右田に襲い掛かった。左右田のつなぎ服のファスナーに手を掛け、ゆっくりと下ろしていく。
「へっへっへっ、良いパンツしてるじゃないか」
「日向さん、落ち着いてください! 貴方は今、正気じゃないのです!」
それはお前もだろう――と、本来なら誰かが突っ込んでくれたのだろうが、生憎今は突っ込みが不在だ。
九頭龍はペコ可愛いペコ天使と壁に向かってぶつぶつ言っているし、弐大は淫れ雪月花を呷りながらげらげら笑っているし、十神は部屋の隅っこでぐずぐず泣いている。
しかし――突っ込みは居なくても、覇王様は存在した。
「日向よ、鎮まれ!」
インフィニティ・アンリミテッド・フレイム――と叫びながら、田中眼蛇夢が日向を蹴り飛ばした。
何がインフィニティでアンリミテッドでフレイムなのかは判らないが、その一撃により日向は左右田から引き剥がされ、床に転がった。
「大丈夫か、左右田よ」
「た、田中さん! ありがとうございます、貴方は僕の恩人です!」
「ぼ、僕?」
いつもと全く違う左右田にびびってしまった田中だが、すぐに気を取り直し、この混沌とした空間を何とかせねばと思い立った。
もうお判りかも知れないが、この田中眼蛇夢――素面である。
幸か不幸か、酒に強かった彼は混沌の住人になることを許されず、後処理係として強制的に任命されてしまった訳だ。
「左右田よ、貴様は己の領地へと帰るが良い。俺様は此奴等を何とか――」
「田中ごるぁっ! 蹴り飛ばすとは何事ぞ! 俺はお前の特異点だろうがぁっ!」
むぎゃあああっ――という奇声を発しながら、日向は勢い良く立ち上がった。そして田中を、肉食獣の如き眼光で睨む。
「――そういえば、田中のパンツもまだだったよなぁ?」
日向が一人言ちた――刹那、日向は田中に飛び掛かっていた。突然のことに反応出来なかった田中は、日向に押し倒される形で床に倒れ込む。
「っ、ぐぅっ!」
「田中のパンツはどんなんじゃろなぁ!」
最早誰だよお前状態の日向が、田中のズボンに手を掛ける。それを阻止しようと、慌てて田中が藻掻くが――全てが遅かった。
ずるり、と。田中のズボンが下ろされた。そして――。
「た――田中がノーパンだああああああああっ!」
日向創の絶叫が、コテージ内に響き渡った。
「うわっ、ああぁあっ! 嘘だろっ、田中がノーパンなんて! 嘘だどんどこどん!」
「す――凄いです! ご立派様です! 田中さんのご立派様は、とてもご立派様ですね!」
何がそんなに悲しいのか判らないが、日向は号泣しながら床を転げ回り、左右田は田中のご立派様を見て、訳の判らない賞賛を田中のご立派様に浴びせている。
田中は無言で泣き、そして思った。死にたいと。
命を重んじる彼が、初めて死にたいと思ったのである。
それほどまでに、日向と左右田の行動が、彼を打ちのめしたのだ。
「――だ、大丈夫? 田中君っ」
田中が軽く絶望状態に陥っていると、狛枝が鼻水を啜りながら田中に話し掛けてきた。
「ぼ、僕なんかのハンカチでごめんね」
そう言って狛枝は、田中の涙をハンカチで優しく拭った。
天使だ――と思った田中は、やはり酒の所為で、何処かがいかれてしまっていたのだろう。反射的に田中は、狛枝を抱き締めていたのだから。
「へ、へっ? たっ、田中君っ?」
「狛枝、貴様は俺様の魂の伴侶に相応しい」
「た、魂の伴侶? よく判らないけど――あ、ありがとう」
困惑する狛枝を余所に、田中は狛枝をぎゅっと抱き締めていた――下半身丸出しで。
しかし、悲しい哉。まともな人間が居ないこの空間で、誰もそれを突っ込んではくれなかった。
その所為で、悲劇が起こるとも知らずに――。
「――日向さん、どうなされたのですか!」
ばんっと、コテージの扉が開かれた。果して其処には――ソニアと、女性陣達が居た。
先程の日向の絶叫を耳にし、飛んできてしまったのだ。
そう、飛んできて、しまったのだ。
この――混沌とした空間を、見てしまったのだ。
全裸で床に転がっている、気絶した花村。
部屋の隅っこで、三角座りをして泣いている十神。
俺のペコまじで天使と言って、身悶えている九頭龍。
先程の惨劇を肴に、淫れ雪月花を呷って豪快に笑っている弐大。
酔い潰れたのか、すやすやと気持ち良さそうに眠っている日向。
そんな日向に膝枕をして、よしよしと頭を撫でている左右田。
田中に抱き締められて、おろおろしている狛枝。
そして――下半身丸出しで、狛枝を抱き締めている田中。
一瞬空気が凍り付き、そして――。
「――っきゃああああああああ!」
女性陣の甲高い悲鳴が、南国の島に響き渡った。
その後、淫れ雪月花は危険物として扱われ、飲むことを禁止された。
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