無自覚野郎と狂人君

「最近俺、狛枝にストーカーされてんだけど」

 と、俺に言ってきたのは――ソウルフレンドこと左右田和一だった。
 いきなり俺のコテージに押し掛けてきたかと思ったら――これである。
 とりあえず左右田を落ち着かせる為、俺は左右田の背中をぽんぽんと叩いてやった。

「ストーカーされてるって、どういう風にだ?」

 状況が判らないので、俺は左右田に尋ねてみた。
 一応全員の様子は把握しているつもりだったので、もしかしたら左右田の勘違いなんじゃないかな――と思っていたのだが。

「毎日にこにこしながらこっち見てくるし、俺が自由時間にどっか行くと必ず出会すし、コテージに引き籠もってたら窓の外から中を見てくるし、それに何より――」

 毎日こんなのを渡してくるんだよ――と言って左右田は、此処へ来た時に持ってきた袋をひっくり返し、中身をぶち撒けた。
 其処に有ったのは――。

「――うわあ」

 半裸な左右田やベッドで寝ている左右田が写った写真――確実に隠し撮り――やら、動くこけし、エプロンドレス、ギャグボール、淫れ雪月花――何故か空――などなど、犯罪臭のするものが勢揃いだ。

「す、凄いな。ところで、何で淫れ雪月花は空なんだ?」
「飲んだ」

 飲むなよ。

「お、お前――よく飲む気になったな。何か入ってたらどうするんだよ」
「未開封だったから、つい」

 つい、じゃないだろ。危機感ないのか此奴は。

「――ま、まあ良い。とにかく、状況は判った。大丈夫、ちゃんと狛枝に止めろって言ってやるから」
「へっ? 何で?」

 左右田は不思議そうに小首を傾げ、俺を見つめて瞬きを繰り返した。
 何で、って――はあ?

「――いや、いやいや。お前、狛枝にストーカーを止めさせたいから、俺に相談してきたんじゃないのか?」
「違えよ」

 訳が判らないよ――と、俺は頭を抱えて蹲った。

「左右田ぁっ。俺、お前のソウルフレンドなのにお前が判らない」
「俺は日向が判んねえよ、何で頭抱えてんだ?」

 お前の所為だよ馬鹿――と怒鳴ってやりたかったが、ぐっと堪えて起き上がる。

「――判っ、た。止めさせたい訳じゃないのは、判った。で、何が目的なんだ?」

 相談してきた以上、何かしらの頼みがある筈だ。そう思った俺は、気力を振り絞って左右田に尋ねた。

「目的? ああっとなあ――」

 まず、この写真――と言って左右田は、隠し撮りされたらしき写真を指差した。

「これが?」
「撮られた記憶がないのが、気に食わない」
「――は?」

 何を言っているんだ此奴は。

「えっ、あ、えっ? ちょっとごめん、意味が判らない」
「いや、判れよ」

 判らないよ左右田さん。

「ほら、よく見ろよ。これ全部、隠し撮りなんだぜ? しかもこれ――寝ているやつなんか、明らかに窓越しに撮ったやつだろ。もっと正々堂々撮れって思わねえ?」

 思わねえよ。

「せ、正々堂々って――具体的に?」
「コテージに入ってきて撮るとか」

 不法侵入じゃないですかぁっ、やだぁっ。

「――おかしい、おかしいぞ左右田。その発想は、おかしい」
「は? 何でだよ。こそこそ隠し撮りされるより、堂々と撮ってきた方が良いだろ」

 知ってるか? それって五十歩百歩って云うんだぜ。

「どちらにしても犯罪だろ、勝手に撮ったら」
「そうなのか? 俺、ソニアさんの写真撮りまくったんだけど」

 あかん、誰かこの子に法律と常識を教えてあげてください。

「――も、もうソニアの写真は撮るな。良いな?」
「おう、判った」

 左右田はにこっと笑い、素直に返事をした。
 うん、良い子ではあるんだ。
 ただちょっと、人として大事なものが抜けているだけなんだ。うん。

「――で、他は? まずって言ったからには、まだあるんだろ?」
「さっすが日向、よく判ってんな! 何つうかさ――くれる物が、なあ」

 ああ、それは理解出来る。
 やっと左右田の発言を理解出来た。泣きそう。

「まあ、明らかにセクハラだもんな」
「セクハラ?」

 左右田はきょとんとした表情で俺を見た。
 えっ、何でそんな顔してんの。

「いや、セクハラだろ。特にこれ、こけしとか」
「これ、マッサージ器具だろ?」

 いや、まあ、マッサージ器具と言えばマッサージ器具ですけども。

「これよお、モーター貧弱だし形が悪くて肩に当て辛くって、すっげえ微妙なんだよ。だから貰っても、なあ」

 ああ――そういう意味か。

「ごめん左右田。俺の心、汚れてるわ」
「は? 日向は汚れてなんかいねえだろ」

 優しいし、すっげえ良い奴じゃん――と笑う左右田が、今の俺には眩し過ぎる。
 ごめん左右田、俺はお前が思っている程、綺麗な人間じゃないんだ。
 実はこけしを見た時に一瞬、狛枝にこけしを突っ込まれて喘ぐお前を想像してしまったんだ。ごめん、本当にごめん。
 俺が脳内で謝罪しまくっていると、左右田はギャグボールを掴み、俺にそっと差し出した。

「で、これなんだけど――用途がいまいち判んねえんだよ」

 玩具か何かかなあ――と左右田は呟いた。
 うん、玩具だよ。大人の玩具だよ――なんて言える訳がない。

「さ、さあ。俺にも判らないなあ」
「そっかあ――ああ、何で狛枝って、微妙な物ばっか寄越してくんだろうなあ。このエプロンドレスも、サイズぶかぶかだったし」

 ちょっと待てや。

「ちょ、ちょっと待て。もしかして着たのか?」
「貰ったからには着なきゃ悪いかなと」

 やだこの子、律儀だわ。

「着なくて良いって! もしかして淫れ雪月花も、貰ったから無理して飲んだのか?」
「無理はしてねえよ。日本酒好きだし」

 はい?

「――お前、今何歳だっけ?」
「っ――さ、さあ。何歳だったかなあ」

 とぼけんな未成年。

「おい。何で日本酒が好きなんて言ったのか詳しく――」
「――ああっ! それより狛枝のことを、なっ? なっ!」

 ちっ、今度尋問してやる。

「――隠し撮りが気に食わないのと、貢ぎ物が微妙ってのは判った。で、他には?」
「他? 他はな――俺がコテージに居る時、外から覗き見してくんのが嫌だな」

 まあ、そりゃあそうだわな。良かった、まだまともな感性が――。

「――覗くくらいなら中に入って来いっつうの」

 あっ、駄目だったわ。

「何? 何なんだ? 隠し撮りの件とか今の件とか、お前は狛枝を中に入れたいの? コテージの中で撮影会でもしたいの?」
「何でそんな発想になんだよ、日向怖えよ」

 俺はお前が怖いよ、無防備というか馬鹿過ぎて。

「撮影会がしたいとかじゃなくてさ、俺が見たいなら傍に居りゃあ良いじゃねえかと。そう思うんだよ」

 思うな阿呆。

「お前なあ。そんな開放的に接したら、いつか本当に食われるぞ」
「食われる? 彼奴、カニバリストなのか」

 どうしてそうなる。

「そ、そういう意味じゃなくてな」
「じゃあ、どういう意味だ?」

 察せよ鈍感。そんなんだから、いつまで経っても童貞なんだ。
 俺も童貞だけどさ。

「その――き、キスされたり」
「ほう」
「全身を、撫で回されたり」
「おお」
「ぜ、全裸にされたり?」
「へえ――」

 そりゃあやべえな――と、左右田は他人事のように宣った。
 お前の話をしてるんですけど。

「――とりあえず、判っただろ? 如何に危険な状況かを」
「ああ、判ったぜ日向。彼奴が来る前に、ちゃんと風呂入っとかねえと拙いってな」

 は?

「は? えっ――はああぁぁっ?」
「どうしたんだよ日向、俺みたいな奇声を上げて」

 奇声を上げているという自覚はあったのか――って、そうじゃない。

「お前、何で風呂に入る必要がある?」
「は? だって汚えまんまだと拙いだろ」

 いや、いやいやいや。正論だけど違う、違うよ左右田さん。

「何で食われることを受容してるんだよ。お前、狛枝のこと嫌いなんじゃないのかよ」
「は? 俺、狛枝のこと嫌いって言った?」

 ああ――。

「言ってませんね」
「だよなあ」

 ええ。うん――どういうことだってばよ?
 ストーキング行為に、悪質なプレゼント攻撃。それらを受け続けているにも拘わらず、嫌いではない。
 やたらとコテージ内に入れたがり、食われることに対して風呂に入っておくという受け入れ態勢。
 もしかして、此奴――。

「――左右田、お前って狛枝のことが好きなのか?」
「いや」

 ここまで暴露しておいて、今から隠すんじゃねえよ。

「嘘吐くなって。引いたりしないから」
「何言ってんだ?」

 大丈夫か日向――と言って左右田は、心配そうに俺の額に手を当てた。
 おのれ左右田この野郎。

「大丈夫じゃないのはお前だろ! 何だよ、訳が判らないぞ!」
「こっちが訳判んねえよ。今日の日向、情緒不安定だぞ」
「万年情緒不安定野郎に言われたくない! お前は何なの、何がしたいの! 狛枝とどうなりたいの!」
「どうなりたいって――まあ、仲良くしてえかな」

 好きでも嫌いでもないけどな――と、左右田はけらけら笑った。
 いや、仲良くなりたいって時点で好きなんじゃないのか。

「左右田、お前は――」

 俺が言葉を発しようとした、その瞬間――コテージの扉が勢い良く開け放たれた。
 そして、其処に立っていたのは――。

「――左右田君、君の気持ちがよく判ったよ!」

 ――頬を赤く染め、恍惚とした表情で、はあはあと息を荒げている狛枝だった。
 もしかしなくても此奴、今の会話――全部、聞いていた?
 ま、ず、い。

「左右田、逃げろ! 俺が此奴を食い止め――」
「左右田君っ!」

 俺が左右田の前に立ち塞がる――その前に、狛枝が左右田に飛び付いていた。
 その速さは、飯を前にした終里のような素速さだった。

「ごめんね、左右田君っ! 遠回しに愛を伝えてしまったばかりに、君に不愉快な思いをさせてしまって! これからは、真っ正面から伝えるよ!」

 そう言いながら狛枝は、左右田を抱き締め、愛おしそうに頬擦りをしている。正直怖い。
 狛枝に抱き締められている左右田は、狛枝の頭を撫で、やっぱり綿菓子みてえな髪だな――と呆けたような感想を漏らしていた。
 会話が成り立ってねえ。

「次からは堂々と写真を撮るよ。あと、贈り物は機械っぽいのにするね。それから――君のコテージに、遊びに行かせて貰うよ」

 お風呂は入っても入らなくても僕は構わないからね――と、明らかに変態臭いことを左右田の耳元で囁き、狛枝は微笑んだ。
 左右田は左右田で、狛枝の髪を弄くるのに集中しているのか、狛枝の爆弾発言に無反応だ。
 駄目だ此奴等、早く何とかしないと。

「えっ、と――左右田」
「あ? どうした日向」
「今、狛枝がとんでもないことを言ったぞ」
「あ? 堂々と撮るとか、機械くれるとか、俺のコテージに来るとか、風呂はどっちでも良いってことしか言ってねえじゃん」

 何処がとんでもないことなんだよ――と言い、左右田は不思議そうに小首を傾げた。
 ごめん、お前の頭の方がとんでもなかったわ。

「あはっ、左右田君は優しいね。僕のような何の価値もない糞尿以下の粗大ゴミを、こうして受け入れてくれるんだから!」
「自虐は止めろって、怖えから。大体、お前は粗大ゴミじゃなくて人間だろ」
「ああっ、こんな僕を人間扱いしてくれるなんて――やっぱり君は僕の希望だよ!」
「よく判んねえけど、楽しそうで何よりだな」
「うんっ!」

 会話になっているのかなっていないのか判断に困る遣り取りをしながら、べたべたといちゃ付き始めた二人を見て、此処は俺のコテージなんですけど――と、俺は心の中で嘆き叫ぶことしか出来なかった。

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