午前零時の御祝いに

 十二月十四日。
 人類史上最大にして最悪の害悪とやらの田中眼蛇夢が、この地上に降誕した厄日――という設定――が、希望ヶ峰学園に入学して来てから初めて、訪れようとしていた。




――――




 入学してから早数ヶ月。
 紆余曲折を経て、最近漸く友人と呼べる存在になった田中の厄日――誕生日が、明日の十二月十四日なのだ。
 級友達もそれを祝うために色々準備しており、斯く言う俺も準備していたりする。
 俺は超高校級のメカニックとしてこの希望ヶ峰学園へ入学したので、その才能を存分に振るい――ゴールデンハムスター型のロボットを製作したのだ。
 ただのハムスターロボットと侮るなかれ! このハムスターは、多種多様の機能を秘めた高性能ロボットなのだ!
 跳んだり走ったりは当たり前。人工知能と音声認識機能も搭載しているので、声を掛けると反応するし、ある程度の命令も聞く。
 嗅覚機能は搭載しなかったが、赤外線センサーと光電センサーによる空間認識機能があるので問題はない。人工知能もあるので、自身に危機が訪れても回避出来る筈だ。テストはしていないが。
 次は充電と稼働時間に関して述べよう。大体一時間くらいでフル充電され、稼働時間は約六時間。省エネモードも搭載しているので、無駄に稼働させなければ二日くらいは保つ。
 他には時計機能と目覚まし機能、胡桃割り機能、追跡機能、写真撮影機能、動画撮影機能、録音機能などなど――いや、犯罪目的の機能じゃないぞ。動物の生態を知る上で、こういう小さくて高性能なロボットがあれば便利だろうなあという親切心だ。他意はない。


 ――とにかく。
 要るのか要らないのか解らない機能を沢山詰め込んだこの機械を、田中にプレゼントしようと思っている訳なのだ――が、渡すタイミングが解らない。
 極々最近友人になった彼奴に、どう渡せば良いのか解らないのだ。
 普通に渡せば良いだろうと思われるかも知れないが、それが出来ればこんなに悩んでいない。
 友人になる以前から、とある女性を巡って――まあ、俺の一人芝居なのだが――諍いを繰り返していた身としては、どうしても素直に誕生日を祝ってやることが出来ないのだ。呪ってやることなら容易なのだが。
 因みに、これを完成させたのは一週間前だ。つまり俺はその日から今現在まで、ずっと悩んでいることになる。
 悩み過ぎだろう。自分でも吃驚だ。お陰で最近寝不足で、授業中につい寝てしまいそうになる。まあ、意地でも寝ないがな!
 俺は勉強が好きなのだ。授業中に寝てしまうなど、言語道断なのである。そのせいで不眠に加速がついているのだが――仕方ない。全ては田中が悪いのである。


 ふと、部屋の時計を見る。
 十一時五十分。今は夜なので、午後の十一時五十分だ。
 ――ああ、もうすぐ明日になってしまう!
 明日になれば、嫌でも渡さなければならない。せっかく作ったのだ、渡さなければこの機械も哀れである。
 だがしかし、どう渡せば良いのだろうか。
 箱詰めにして、彼奴の部屋――希望ヶ峰学園には寮があり、俺も田中も寮生活をしている――の前にぽんと放っておこうか?
 いやいや、そんな確実性のない渡し方は駄目だ。万が一他の人間が拾って、悪用しないとも限らない。基本的に寮は希望ヶ峰学園の生徒なら出入り自由なので、誰が拾うかも解らない。それは駄目だ、却下。
 となるとやはり――直接渡すしかないのか!
 どう渡す? 無愛想に? いや、誕生日を祝うのに無愛想はいかんだろう。
 なら愛想良く渡す? いやいや、俺が田中に愛想良くするなんて――不気味だ。
 なら――なら、どうすれば良い! 普通に渡す? 普通が解らない。普通とは何だ? 普通とは如何なるものなりや!
 ――ああ、キャラ崩壊してきた。駄目だ、寝不足と緊張と苦悩のせいだ。俺はいつもどんなキャラだったっけ。解らない。何も解らない。渡し方も解らない。
 時計を見る。ああ、あと一分で明日じゃないか。どうしよう。渡さなきゃ、渡さなければ、渡さなければ――。


 ――そうだ、渡さなければならないのだ。
 そうだ、そうだった。渡さなければならないのだ。
 これは使命だ。
 頭の中で神が仰られたのです。今すぐ渡しに行きなさい――と。
 神が言うことは絶対なのだ。そうなのだ。
 俺はハムスターロボットと説明書を持ち、椅子から立ち上がった。
 行かねば。もうすぐ明日なのだ。明日にこれを渡さなければならないのだ。そうだ、これは因果律で定められた邪神の決めた素晴らしい素晴らしい運命という名の試練であり俺の未来を左右するイベントなのだ左右田だけになんちゃってあはははははは――。
 ぐるぐる回る、視界と思考。
 だけど足取りだけはしっかりしていて――。
 俺はハムスターロボットをしっかりと持ち、部屋を飛び出した。




――――




 午前零時丁度。
 今日は人類史上最大にして最悪の害悪である俺様が、この地上に降誕した厄日――誕生日だ。
 何故だか今日に限って眠ることが出来なかった俺様は、こうして夜更かしという不健康な行為に身を窶している。
 いつもは早寝早起きなのだが――何故だろうか。妙な胸騒ぎがする。何かとてつもない災いが訪れる前触れのような――。


 ごんっ、と部屋の扉が叩かれる音がした。
 俺様は思わず時計を見る。先程も見た通り、時計は零時を示していた。こんな夜に、一体誰が――。
 ごんごんっ、とまた扉が叩かれる。
 どうやら気のせいではなく、確実に何者かが部屋の扉を叩いているようだ。
 ――どうする。こんな時間に来る者など、告白か何かを期待して呼び出しに応じたら殺されかけて逆に殺してしまうような阿呆くらいだぞ。もしくは魔の者だ。どちらにせよ、怪しいことこの上ない。しかし――。
 ごんごんごんっ、と扉が叩かれる。段々叩く回数が増えている。このまま放置すれば、もっと回数が増えるのだろうか。想像しただけで恐ろしく、悍ましい。ストーカー被害に遭っている人間の気持ちが少し解った。
 ――さて、いつまでも怖じ気づいている場合ではないな。
 俺様は足音を立てないようにゆっくりと扉へ近付き、扉に付けられた覗き穴から外を見て――えっ、と声を漏らしてしまった。
 その声が外にも聞こえてしまったようで、扉の向こうに居る人間は、田中――と言って、再び扉を叩き出した。先程よりも強く、どんどんと。いや、どごんどごんと。
 このままでは、扉を蹴破って入ってくるのではないだろうか――と、嫌に現実味のある憶測が頭を過ぎる。
 誰かがこの異常事態に気付いて来てくれないだろうか――とも考えたが、各部屋に防音加工がされているので、恐らく誰も起きては来ないだろう。
 つまり。俺様が何とかしなければ、この扉は破損確定になる訳だ。
 ――仕方ない、覚悟を決めよう。
 俺様は鍵を外し、取っ手を掴んで――ゆっくりと、扉を開ける。
 果してそこには――超高校級のメカニック、左右田和一が立っていた。

「このような時間に、何用だ」

 とりあえず用件を尋ねてみる。こんな時間に遊びに来る――などという非常識なことを仕出かすような人間ではない筈なので、恐らく急用があるのだ――と結論付けたのだ。
 しかし左右田は俺様の質問に答えず、ずかずかと部屋の中に入ってきた。
 おい。

「貴様、俺様の許可なく魔の領域に入るな! 死にたいのか!」

 そう怒鳴り付けても、反応がない。左右田は勝手に俺様の寝台へ腰掛け、手に持った何かを弄り始めた。
 やだ怖い。何を考えているのこの人。

「お、おい左右田。何が目的だ、俺様に何をする気だ」
「――目的ぃっ?」

 左右田は弄り回していた何かから視線を外し、俺様を見つめた。
 いや、正確には俺様を見ていない。狂気を孕んだ混沌の黒き瞳が、黒縁眼鏡越しに俺様を映しているだけなのだ。俺様を見ているようで、見ていないのだ。
 普段は躑躅色の硝子板に覆われている瞳が、硝子板を外しただけでこうなるものなのか? いや、そんな筈がない。
 何かは解らないが、今の此奴は――正気ではない!

「左右田よ、今の貴様は正気とは思えん。再び己の領域へと戻り、安らかな眠りへと堕ちるが良い」

 出来るだけ優しく、刺激しないように窘める。
 ああ、猛々しき魔獣を相手にしている気分だ。いつ襲ってくるかも解らぬ、そんな猛獣を相手にしている――そんな気分だ。

「左右田。もし一人で戻れぬと言うのであれば、俺様が送り届けて――」
「やだ」

 ――何、だと?

「何故だ」
「俺はこれを、お前に渡さなければならないから」

 そう言って左右田は、手に持っていた物を俺様に差し出した。これは――。

「金色の魔鼠?」
「ゴールデンハムスター型のロボット。破壊神暗黒四天王とは違う姿にしてみました」
「し、してみました?」

 正気ではないせいか、口調までおかしくなっている。

「あと、これは説明書。多種多様の機能を搭載しているので、紙に纏めておきました」
「え、あ、どうも」

 困惑しつつも、差し出されたロボットと説明書を受け取る。
 一体何故、このような物を?

「左右田よ、何故これを俺様に?」
「――誕生日」
「はっ?」

 今日、お前の誕生日だろ――と左右田は言い、普段は見せない穏やかな笑みを浮かべた。何処となく、達成感に溢れているような気もする。
 ――えっ。というか、誕生日?
 零時に? 十二月十四日になったばかりに?
 えっ? 何でそんなタイミングで、プレゼントしようと? えっ?
 それは、つまり――。

「そ、左右田。貴様は俺様のことを――」
「おやすみぃっ」

 どう思っているのだ――と、俺様が左右田の真意を問い質そうとした刹那、左右田は俺様の寝台に潜り込んだ。
 ちょっと。

「おい。そこは俺様の寝台だ、出ろ。というか眼鏡を外して寝ろ。いや、此処では寝るな! 部屋に戻れ!」
「すやぁっ」
「すやぁっ、ではない! 寝るな! おい!」

 ――ああ駄目だ、完全に寝やがった。しかも気持ち良そうな顔をして。
 どうしよう。此奴を抱えて部屋に運ぶのもありだが――正直面倒臭い。
 それに俺様も眠い。大いなる災いを乗り越えた安心感のせいか、抗い難き睡魔が俺様を襲ってきて、もう――。

「――俺様も寝る」

 思考停止。もう考えるのが面倒になってきた。寝台は大きいので、左右田が居ても広さ的に何の問題ない。問題ない、何も。
 俺様は布団を捲り、左右田の隣に潜り込んだ。暖かい。人肌恋しくなる季節のせいか、男と一緒に寝ているにも拘わらず、何の不快感も覚えなかった。
 そっと左右田の掛けていた眼鏡を外し、寝台の近くに据えてある机の上へと乗せておく。寝返りを打った時に、割れたり変形したりすると大変だからな。
 ふと、左右田の寝顔を見る。どんな夢を見ているのか解らないが、幸せそうな笑みを浮かべていた。そんな左右田を見て、何故か俺様の心も幸福感で満たされる。
 ああ、何だかんだで俺様は――。

「左右田、ありがとう」

 ――この奇妙な友人を、好いているのだろうな。




――――




「――何で田中が居るんだよ」
「此処は俺様の部屋だ」
「えっ?」
「えっ? ではない。貴様が今日の午前零時にやってきて、俺様へ機械仕掛けの金色の魔鼠を差し出し、勝手に俺様の寝台に潜り込み、夢魔の誘いにより深き闇へと堕ちたのだろうが」
「え、えっ? 俺、えっ? お前に誕生日プレゼント渡したのか?」
「覚えていないのか?」
「お、おう」
「そうか」
「えっと、その――プレゼント、気に入ってくれたか?」
「勿論だ! 貴様から受け取りし魔具、大切に行使させて貰うぞ!」
「お、おう。そんなに気に入ってくれたんなら、その――嬉しい、です」
「え、あ、その――ありがとう、ございました」
「あ、えっと、どう致しまして」

 同じ寝台に潜りながら交わされている、このぎこちない男達の会話は――授業開始の鐘が鳴るまで続くのであった。

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