毎日食べたい

 俗世から隔離されし常夏の地獄に召喚された俺様は、錬金術に必要な材料を集めるため、特異点と共に母なる海へと繰り出し――そして、大量の魔力を消費して戻ってきた。


 直訳、採集疲れた腹減った。


 そう。俺様は今、腹が減ったのだ。
 現在は――時計がないので判らないが――恐らく昼だ。
 そう。俺様は今、昼飯が食べたいのだ。
 出来れば美味い――そう、花村が作った料理を食べたいのだが――。

「ねえねえ罪木さん。僕と一緒に映画館へ行かないかい? アーバンな一時を約束するよ!」
「え、えへへっ。わ、私なんかで良ければ、そのぉ――宜しくお願いしますぅっ」

 ――残念なことに、彼は罪木と共に映画館へ行ってしまうようだ。つまり、花村特製の昼飯は断たれた。がぁぁんだな。
 朝と夕は花村の料理が確実に食えるのだが、昼だけは別だ。
 採集後だからとか、採集後にすぐ自由時間が入るからとか、そういう理由で――花村は基本的に昼飯を作らない。
 ダイナーという即席料理店や、ロケットパンチマーケットという犯罪の温床――いや、スーパーもあるので、食事に困ったりはしないのだが――美味いものを食べたい俺様にとっては、結構きつい。
 今まで母親の糞不味い料理を我慢して食らってきた俺様は、花村の料理を食べてから――ふっ切れた。
 もう、不味いのは食べないと。
 故に俺様は、花村の料理が食べたかったのだが――無念。望みが断たれたぁっ。


 ――さて、どうするか。
 馬鹿みたいなことを考えている場合ではない。
 食事をしなければ死ぬ。それくらい腹が減っているのだから。
 出来れば美味いものを、花村並みとは言わないから美味いものを食べたい。
 自分で作れれば良いのだが――悲しい哉、母親譲りの料理センスを持ってしまった俺様は、卵焼きすらも毒物に変化させることが出来るのだ!
 ああ、つくづく俺様は呪われている。


 ――などと、嘆いている場合じゃないな。
 とりあえずレストランへ行って、何かないか探そう。
 何もなければ、ロケットパンチマーケットなりダイナーなりに行けば良い。妥協だ、妥協。妥協は大事だ。
 そう自分に言い聞かせながら俺様は、レストランへ向かうことにした。




――――




 レストランに着いた時、俺様はとんでもない人物と状況を目撃してしまった。
 レストランの厨房に、超高校級のメカニック――左右田和一が居り、そして彼が――料理をしていた。
 どういうことだってばよ?

「貴様、何をしている」
「は? 見りゃあ判んだろ。料理だよ料理」

 判っているけど、信じられないんだよこの野郎。
 料理とは完全に無縁そうな機械大好き解体改造中毒者が、厨房で料理しているなんて――すぐには信じられないだろうが。
 どうせとんでもない物を作って――いや、造っているんだろう。螺子とか釘とかが入った、機械油の炒め物とか造って――あれ?
 テーブルに並べられた、左右田が作ったと思われる料理を見る。普通だ、普通の肉じゃがだ。
 あ、これは菜物のお浸し。これは――ジャバ魚とかいう謎の魚を焼いたやつか。良い焼き加減だ。
 ん? これは炊飯器――ああ、米を炊いたのか。電気屋から拾ってきたのだろう。
 で、今作っているのは――味噌汁か。美味そうな香りがする――って、あれ?
 何か普通に美味そうなんですけど。
 あれ? 螺子と釘の機械油炒めは?

「――貴様、料理が出来たのか」
「あ? 当たり前だろ」

 いや、当たり前じゃないから聞いてんだよ。

「俺の家、昔っから両親が共働きでさ。二人共忙しいのなんので――必然的に俺が料理作ってたんだよ」

 小学校低学年の時点で、鯵の三枚卸とか出来てたぜ――と言って、左右田はけけけと舌を出して笑った。
 まじですか。

「まじですか」
「は? 標準語になってんぞ」

 まじですか。

「そ、そうか。機械を構築することしか出来ぬと思っていたが――貴様、なかなかやるではないか」
「べ、別に褒められるようなことじゃねえだろ。必要に迫られたから、覚えただけ、だし」

 おや? ざっしゅ のようすが――。
 おめでとう! ざっしゅ は つんでれざっしゅ にしんかした!
 ――って、ふざけている場合ではない。
 左右田の手作り料理を見る。美味そうだ。実に美味そうだ。

「――美味そうだ」
「あ? 呼んだか?」

 美味そうだとは言ったが、美味左右田とは言ってない。

「いや、貴様の料理が美味そうだなと」
「――じゃあ、食うか?」

 まじですか。

「い、良いのか?」
「おう。ちょっと作り過ぎたかなって思ってたし」

 いっつも家族三人分作ってたから、ついな――と、左右田は照れ臭そうに笑った。

「そ、そうか――ふははっ! 貴様からの献上品、確かに承ります!」
「あっ、はい」

 どうぞどうぞ、お食べください覇王様――と冗談めかしながら、左右田は温めていた味噌汁を二つの器に注ぎ、テーブルに置いた。そして俺様の分らしき箸や茶碗、コップなどもテーブルに置いてくれた。優しいな。

「俺一人で食うことを想定して作ってたから魚も一匹だけだし、他のも全く小分けしてねえけど――まあ、気にすんな」

 同じ釜の飯を食う、ってことだと思え――と、左右田はまた舌を出して笑った。
 確かに炊飯器は一つだけだし、間違ってはいない。そして――その喩えは、結構嬉しい。

「き、貴様は俺様を、そういう関係だと思っ――」
「ほら、さっさと食わねえと冷めんぞ。座れ」

 そう言いながら左右田は、俺様の分らしきコップに茶を注ぎ、俺様の分らしき茶碗に米を盛り、テーブルにそっと置いてくれた。
 あれ、何かこれ――俺様、旦那みたいじゃないか?

「ふ、ふはっ! 甲斐甲斐しいな左右田和一よ! まるで新婚の嫁――」
「静かにしろ」
「はい」

 やだ、この嫁怖い。
 そう思いながら温和しく椅子に座っていると、左右田は自分のコップに茶を、茶碗に米を盛り、テーブルに置いて席に座った。
 こうして向かい合って座るなんて今までなかったから、とても新鮮だ。

「――頂きます」
「い、頂きます」

 左右田に合わせ、俺様も手を合わせて挨拶をする。意外にそういうところもしっかりしているのだな。
 箸を持ち、手始めに味噌汁を啜る。美味い。豆腐は固くないし、若布も生臭くない。味噌の塊も入っていない。葱の香りが良く、食欲をそそる。
 茶碗を持ち、米を食う。美味い。洗剤の味がしない。それに芯が残っていない。丁度良い柔らかさで、何杯でも食べられそうだ。
 菜物のお浸しを食べてみる。美味い。これは――青梗菜か。この島にもあったのだな。青臭くないし、それに酸っぱくない。
 謎の珍魚、焼きジャバ魚を食べてみる。美味い。炭化していないのは言わずもがな、程良く焼けた身が柔らかくて泣けてくる。
 そして最後に――肉じゃがだ。
 肉じゃが。母親によって植え付けられた、俺様のトラウマ。
 じゃが芋の芽付き、半生、甘苦辛渋酸っぱい究極の劇物――肉じゃが。あのトラウマが蘇る。
 ――いや、これは左右田が作った肉じゃがだ。あの劇物とは違うのだ。大丈夫、大丈夫だ。頑張れ俺様!
 意を決し、肉じゃがを頬張る。こ、これは――。

「――美味い」

 美味い。じゃが芋が柔らかい。箸でさくっと割れるくらい柔らかい。甘過ぎず辛過ぎずで丁度良く、苦くないし渋くないし酸っぱくない。それに芽がない、付いてない。肉も玉葱も、人参も美味しい。あれおかしいな、視界がぼやけてきた。

「た、田中――何で泣いてんの」

 泣いてない、これは汗だ。

「――まあ、和食が恋しくなる気持ちは判るけどな」

 花村は洋食ばっかりだからなあ――と、左右田は言った。どうやら俺様の涙の理由を誤解したらしい。
 そういう意味で泣いた訳ではないのだが。恋しくなるような良いものを食っていた訳ではないし、寧ろもう二度と思い出したくない味だ。

「お前さえ良けりゃあ、また作ってやっても良いぜ?」

 一人で食うより、二人で食う方が楽しいしな。
 そう言って左右田は、慈愛に満ちた聖母のような優しい微笑みを――少なくとも俺様にはそう見えた――浮かべた。
 あっ、やばい惚れた。胃袋がしっと掴まれた。
 奴め、まんまと盗みやがったな。いいえ、彼は何も盗んでいません。いいえ、奴は盗みました。それは、俺様の、胃袋です――。

「――左右田よ」
「ん?」
「お、俺様に――毎日、味噌汁を作ってください!」

 ――って、しまった! 勢いで告白してしまった!
 どうしよう、絶対に引かれた。今度から糞ホモハムスターちゃんとか、ホモソーセージスターちゃんとか呼ばれる。絶対呼ばれる!
 うわあああ――と心の中で絶叫していると、左右田は不思議そうにしながら小首を傾げ――。

「味噌汁だけじゃあ腹なんて膨れねえだろ」

 ――などと宣ってきた。
 突っ込むところ間違えてますよ先生。仮にも超高校級のツッコミと謳われた男だろう、しっかりしろ。

「いや、その、そういう意味じゃ」
「は? つうかよ、朝夕は無理だかんな。花村が料理やってるし。昼なら、まあ――疲れてなきゃ作ってやるよ」

 まじですか。

「まじですか」
「まじですよ」

 そう言って左右田は味噌汁を啜る。ちょっと薄かったかな、と呟いたので、俺様は丁度良かったと言ってやった。

「まあ、味噌汁だけじゃ物足りねえし。色々作ってやるよ」

 確かお前、南瓜好きなんだよな――と、左右田が言ってきたので、俺様は全力で頭を縦に振る。

「じゃあ――明日は南瓜の煮付けにすっか」
「ありがとうございます!」

 序に南瓜の種もください――と俺様が言うと、左右田は何かを思案するように唸り、口を開いた。

「お前が食うの?」

 違うわ馬鹿。

「破壊神暗黒四天王の糧にするのだ」
「ああ、そうか。でも南瓜の種って美味いよな、わたも美味いけど」

 種は煎って、酒の肴にしてたぜ――と、左右田は笑った。
 えっ。

「貴様、まだ禁じられし魔の水を飲むことを許された歳では――」
「親父のな」
「あっ、ごめんなさい」

 まあ、飲んだことあっけどな――と、舌を出しながら左右田は笑った。
 おい。

「未成年者の飲酒は禁則事項だぞ」
「一升瓶くらいなら許されるんだよ」

 いや、完全に駄目だろ。

「それよりもよお。お前、他に何か食いたいもんとかねえのか? 大体なら作れるぜ、俺」

 花村並みのは無理だけどな――と、左右田は苦笑する。
 俺様からすれば、貴様の作った料理も最高なのだが――なんて、言える筈もなく。

「――さ、最高?」

 あっやべ声に出てた。
 見る間に左右田の顔は赤くなっていき、そして――恥ずかしそうに俺様から顔を背けた。
 あれ、此奴――こんなに可愛かったっけ。やばい、心臓がしっと掴まれた。心臓も盗まれた。いや、心臓じゃ死ぬわ。心だ心、心を盗まれた。

「――左右田」
「な、何だよ、リクエストか?」
「ああ、貴様が食べたい」

 ――って、しまったその二!
 今のは完全に変態発言ですわ! 花村並みの変態発言ですわ!
 やばいよどうしよう左右田に軽蔑され――。

「――ち、調理時間掛かるから、それはちょっと待ってくれ」

 ――てない?
 えっ? 調理時間って何? どういう意味?
 左右田の顔がさっきより赤いのと、何か関係があるのか?
 厨二語以外はさっぱりだ!

「あの、それはどういう意味――」
「――良いからさっさと食え」
「はい」

 あるぇっ? さっきまでのデレは何処に行ったんですか。逝ったんですか。そうですか。
 料理を食べながら、恐る恐る左右田を見てみる。少し不機嫌そうではあるが、顔は赤いままで――ちょっとにやけていた。
 おや、これは――。

「左右田」
「んだよ」
「調理とやらが終わるまで、俺様はずっと待っているからな」

 勝手にしやがれでごぜえますよ覇王様――と言いながら、左右田は肉じゃがを頬張った。

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