制圧せし氷の覇王様は恋の魔術が苦手

 俺様は制圧せし氷の覇王、田中眼蛇夢だ。気圧を操り、全てを凍らせる――まさに氷の覇王。
 その力により、あらゆるものを凍り付かせてきた――のだが。

「田中、相変わらずお前の家って涼しいよなあ」

 この男――機械を統べる鋼鉄の魔術師、左右田和一には通用しなかった。
 核の力を舐めんなよ――などとほざいているので、恐らく奴の動力源が原因で、俺様の力が通じないのだと思われる。
 動力源と表記されて感付いた者もいるだろうが――左右田和一の身体は、完全に機械だ。
 元は人間だったらしいが、永遠の命に憧れ、その身を機械に改造してしまったらしい。
 故に、ちょっとやそっとでは傷付かんし、壊れてもすぐに直してしまう。
 一度俺様と大喧嘩をし、奴を完全に破壊して海の底深くに沈めてやったこともあるのだが――奴は次の日、普通に俺の城へ遊びに来た。
 奴曰く、俺が死んでも代わりは居るもの――だそうだ。よく考えると、とんでもない男だ。俺様ですら、命は九つしかないと云うのに。

「なあなあ、田中ぁっ」

 媚びるような、それでいて全く悪びれた様子がない左右田が、俺様を上目遣いで見つめる。
 少し可愛いと思ってしまった自分が憎い。

「俺の家、また消し飛んじゃったからさあ――今夜、泊めて?」
「却下だ雑種め」

 何でだよお――と左右田は嘆き叫んだが、そんなこと俺の知ったことではない。
 先程も述べたように、此奴の動力源は核だ。そして――恐ろしい哉、此奴は感情が高ぶると、その恐ろしい核エネルギーが顕在化――つまり、奴の周囲が焦土と化すのだ。
 一回だけ泊めてやったことがあるが――俺様の城が半壊した。因みにそれが大喧嘩の原因でもある。

「絶対取り乱さねえって! 泣かないし、怒らない! だから――泊めてくれよぉっ!」
「おい馬鹿落ち着け! 既に今、貴様の周囲が灼熱地獄と化しているぞ!」

 俺様の見ている間に、左右田が乗っていた絨毯が一瞬にして灰になり、その下の大理石で出来た床が真っ黒に焦げた。段々部屋の温度も上がってきている。
 必死に気圧を下げているのだが――悲しい哉、核の力が強すぎて一向に温度が下がらない。

「俺一人で、あんな化け物だらけの森で寝るの、嫌なんだよぉっ!」

 貴様の方が化け物だろうが――と言ってやりたかったが、これ以上刺激して城を焼かれたら適わない。俺様はぐっと堪え、出来るだけ優しい口調で話し掛けた。

「左右田よ、貴様は機械を統べる鋼鉄の魔術師だ。あの森に住む下等な魔物共も、そのことは理解している」

 嫌と言うくらいにな。
 貴様を泣かせれば森が砂漠になることくらい、奴等も理解している。だから貴様に関わろうとはしない筈なのだ。

「だから、貴様に危害を加えようなどという愚か者など存在しないのだ」
「で、でも今朝、俺の家に火炎弾ぶち込んできた奴が居たんだよぉっ!」

 その所為で吃驚して、家を消し飛ばしちまった――と、左右田は半泣きにながら訴える。
 傍迷惑な奴も居るものだ。火炎弾をぶち込んだ犯人とやらを凍らせてやりたいところだが――恐らくもう、この世には居まい。
 左右田の核爆発は、最低でも半径数百メートルを巻き込む程度の規模だからな。今頃は灰にでもなっていることだろう。自業自得だ。

「この前建てたばっかりだったから、もう材料ねえんだよぉっ。なあ、頼むよ。一晩だけで良いから! 明日はまた、他の奴んとこに行くからさあ」

 左右田は今にも泣きそうな顔で俺様に懇願する。
 今にも泣きそうな、顔で。
 ――拙い。泣かれると、拙い。主に俺様の命が。あと城が。

「――左右田よ、落ち着け。泣くな、どうどう。よぅしよしよし」

 焼け付くような空気の中、俺様は左右田に駆け寄り、尋常ではない熱さを放つ躑躅色の髪を撫で梳いてやった。一瞬で手が炭化してしまったが、一時間もすれば治るので構わない。

「ううっ、田中ぁっ」

 左右田が抱き付いて来ようとするのを軽く往なしながら――今の状態で抱き付かれたら流石に死ぬ――俺様は、必死に左右田の頭を撫でる。
 近くに居た俺様の家来が、主の滑稽な様にくすりと笑っていたが、今はそれを叱り付けている余裕がない。

「左右田、落ち着いたか?」
「――う、ん」

 まだ少し半泣きだが――まあ良い。半泣きくらいなら何とかなる。

「さて、左右田よ。これ以上貴様が此処で感情を爆発させると――お前の核で俺様がやばい」

 命とか城とかな。

「なので――貴様を一晩だけ、一晩だけ泊めてやろう」
「ほ、本当か? やったぁっ!」

 そう言って喜ぶ左右田の周囲の空気が、また熱を帯び始めて――。

「――おい、馬鹿! 喜ぶのも止めろ!」

 ――俺様の城、また半壊するんじゃなかろうか。
 そんな不安を抱えながら、俺様はごめんごめんと言って笑う左右田を見て――額を押さえた。




――――




「うっひゃあっ。流石、覇王様の城だよな。来客用寝室もでかいのなんの」

 ベッドもでかくてふかふかだぜ――と言いながら、左右田がベッドに寝転がった。重い機械の身体でベッドに飛び乗らなかったことは褒めてやろう。

「本当ふかふか。感触解んねえけど。匂いもあれかな、太陽の匂いってやつ?」
「ああ、ふかふかだ。そして太陽の匂いがする」

 機械の身体になった左右田は、生身の時に持っていたものを殆ど失った。残っている感覚は視覚と聴覚くらいだ。
 こうして俺様が、此奴にどんな感じかを口頭で伝えてやる時――俺様は、ふと考えてしまう。
 天から与えられた生身の身体を捨て、感覚の殆どを失い、死すらも超越してしまった此奴は――何処へ往ってしまうのだろうと。
 ――まあ、そんなことを考えても無駄だがな。

「この部屋は城の一番端故に、万が一貴様が爆発しても被害は少ない――が、爆発はするな。常に落ち着き、冷静に対処しろ」
「おう!」

 本当に解っているのか此奴は。
 ――まあ良い。この部屋は、此奴のために造らせた部屋だからな。熱さに強い物しか置いていないし、壁や床に耐爆結界、耐熱結界の魔術を幾重にも施している。
 こんなことを教えたら調子に乗るので、絶対本人には言わないがな!

「さて、貴様の寝床は用意してやった。俺様は仕事に戻る」

 そう言って俺様が部屋を出ようとすると、左右田が慌ててベッドから飛び降りた。ばきっと云う音がして床が砕ける。床に耐衝撃結界を施すの忘れてた、畜生。

「あ、床ごめん。っつうか田中、もう行っちまうのか?」
「俺様は貴様と違い、この地を支配する覇王なのでな。土地の管理や部下への采配、他国との交流に輸出入の把握――色々あるのだ」

 うへえ、やっぱり覇王様は忙しいんだなあ――と、左右田は顔を顰めた。

「俺には無理だぜ、面倒臭えし」
「だろうな。貴様のような旅烏には――永遠に無理だろう」

 一生と言い掛けて、永遠に訂正した。死なない此奴にはもう、一生なんて枠は存在しないのだから。
 ――何故だろうか、少し胸がちくりとする。

「旅烏って程、どっかに行ってる訳じゃねえんだけど」
「烏合を統制せし闇の聖母のところや、あらゆる結界を破りし特異点のところへよく行っているだろう」

 あんな遠いところへ――と続ければ、左右田はけけけと舌を出して笑った。

「遠かねえよ。俺は――えっと、機械の魔術師?」
「機械を統べる鋼鉄の魔術師だ」
「ああ、そうそうそれそれ。それだから、俺には楽ちんな移動手段がある訳ですよ! 飛行機とか、車とか!」
「――相変わらず訳が解らんな、その類の物は。移動魔術を使った方が早かろう」
「俺にはそんな魔術使えねえっつうの!」

 まあ、鉱物を自在に操ることは出来るけどな――と言って、左右田は自分の右手をスパナに変化させてみせた。

「金属加工が楽な上に、工具は自前――っつうか自分の身体で事足りるって、本当便利だぜ」
「最初から最後まで魔術を施せば、工具など要らないだろうに」
「解ってねえなあ。工具で組み立てていくのが楽しいんだよ」

 そう言いながら左右田は、右手を元の手の形に戻した。

「まあ、魔術全般が得意な田中には解んねえだろうなあ」

 何でも魔術で出来ちまうんだから――と、左右田は笑いながら言った。
 ――何でも出来る、か。

「左右田よ、貴様は勘違いしている」
「えっ、何を?」
「俺様にも、不得意な魔術があるのだ」

 へえ――という、素っ頓狂な左右田の声が部屋に響く。

「天下の覇王様にも、不得意なことがあるのかよ! 何? 何が不得意なんだよ!」

 興味津々と言わんばかりに目を輝かせ、左右田が俺様に飛び付いた。相変わらず糞重たい。
 ――というか此奴、覚えていないのか?

「左右田よ」
「何だよ」
「この前、貴様を海に沈めたことがあっただろう」

 あの時のことを、貴様は覚えていないのか――そう問うと、左右田は頬を掻いて苦笑した。

「いやあ。あん時の記憶、俺には送られてねえんだわ」
「何、だと?」
「一時間に一回、バックアップとして予備の身体に記憶を送ってんだけど――タイミングが悪かったのか、送られてくる前にスクラップになっちまったからよお」

 だから俺は知らねえんだわ――と言って、左右田はまた苦笑した。
 何ということだ。忘れた振りをされているのかと思っていたが、まさか――何も覚えていなかっただなんて!

「で、んなことが今の話の流れに、何か関係あんの?」
「一応な」

 ふうん――と言い、左右田が小首を傾げる。

「もしかして、その時に不得意な魔術を俺に教えたとか?」
「――正解だ」

 いつも鈍感な癖に、こういう時だけは人並みに鋭くなるな。

「まじかよ。なあ、もう一回! 今後こそ忘れない、バックアップ取るから! 教えてくれよ!」

 そう言いながら左右田が、俺様に縋り付く形で寄ってくる。重たい。

「っ、重いぞ左右田」
「教えるまで絶対離さねえ」

 けけけ――と言い、左右田はまた舌を出して笑った。
 ああもう、この馬鹿は――。

「――俺様の、不得意な魔術は――」
「魔術は?」

 何でこんなにも俺様を――。

「――こ――」
「こ?」

 無自覚に振り回し――。

「――こ、恋の魔術だ!」

 ――魅了してくるのだろうか!

「左右田よ」

 ぽかんと口を開け、俺を見上げている左右田の顎を掴み、更に見上げさせる。俺様と左右田の視線が搗ち合い、そして――。

「――愛している」

 そう言って俺様は、左右田の冷たい唇に口付けを落とした――途端。

「――っぴゃああああっ!」

 ――左右田が爆発した。




――――




 俺様は制圧せし氷の覇王、田中眼蛇夢だ。気圧を操り、全てを凍らせる――まさに氷の覇王。
 その力により、あらゆるものを凍り付かせてきた――のだが。

「田中、相変わらずお前の家って涼しいよなあ」

 この男――機械を統べる鋼鉄の魔術師、左右田和一には通用しなかった。
 核の力を舐めんなよ――などとほざいているので、恐らく奴の動力源が原因で、俺様の力が通じないのだと思われる。
 動力源と表記されて感付いた者もいるだろうが――左右田和一の身体は、完全に機械だ。
 元は人間だったらしいが、永遠の命に憧れ、その身を機械に改造してしまったらしい。
 故に、ちょっとやそっとでは傷付かんし、壊れてもすぐに直してしまう。
 二度俺様と大喧嘩をし、奴を完全に破壊して海の底深くに沈めてやったこともあるのだが――奴は次の日、普通に俺の城へ遊びに来た。
 奴曰く、俺が死んでも代わりは居るもの――だそうだ。
 そう、代わりは居るのだ。代わりだけは。

「なあなあ、田中ぁっ」

 媚びるような、それでいて全く悪びれた様子がない左右田が、俺様を上目遣いで見つめる。

「俺の家、また消し飛んじゃったからさあ――今夜、泊めて?」

 ――俺様は、いつになったら恋の魔術に成功するのだろうか。
 俺様は緩みそうになる涙腺を指で押さえ、却下だ雑種めと左右田に吐き捨てた。

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