逆様の矢印

「ソニアさん!」
「田中さん!」
「左右田」

 普段の三人は、こんな感じだった。こんな感じというだけでは説明不足なので、補足説明をする。
 まず第一声は超高校級のメカニックこと、左右田和一だ。左右田はソニアという超高校級の王女が好きで、いつも家臣か何かのように付き纏っている。所謂ストーカー予備軍だ。
 そして第二声はソニア。ソニアは超高校級の飼育委員である田中のことが好きで、常に田中の傍に居る。所謂ストーカー予備軍だ。
 最後が田中。田中眼蛇夢という凄い名前の男だ。もう一度言う。田中は男だ。だがしかし、田中は同じ男である筈の左右田が好きで、こっそり近寄ってはじっと見つめている。所謂ストーカー予備軍だ。
 そしてこの三人は、自分を好いている人間――つまりはストーカーが好きではない。左右田は田中が、ソニアは左右田が、田中はソニアが苦手なのだ。
 だがしかしこの三人は、それはそれは綺麗な三角関係を構成してしまっているので――苦手な相手と好きな相手がセットで傍にいるという、何とも複雑な状態になっていた。
 そのせいか、はたまたそのお陰か、傍目から見ると三人の関係は、限りなく良好に近いものとして映っていた。
 実際に良好であったのだろう。何だかんだで三人仲良く自由時間を過ごしていたし、きっとこの関係は修学旅行が終わっても変わらないのだろう――と、思っていた。

「うぷぷぷ。矢印を逆にしてみたら、面白そうだよね」

 ――そう。修学旅行初日に、ウサミに叩きのめされた筈のモノクマが、再び現れるまでは。




――――




「田中!」
「左右田さん!」
「ソニア」

 この有り様である。この有り様というだけでは説明不足なので、補足説明をする。
 まず第一声は超高校級のメカニックこと、左右田和一だ。左右田はソニアという超高校級の王女が好き――だったのだが、モノクマのせいで、田中に付き纏うストーカー予備軍になってしまった。
 そして第二声はソニア。ソニアは超高校級の飼育委員である田中のことが好き――だったのだが、モノクマのせいで、左右田の傍に居たがるストーカー予備軍になってしまった。
 最後が田中。田中眼蛇夢という凄い名前の男で、左右田が好き――だったのだが、モノクマのせいで、ソニアにこっそり近寄ってはじっと見つめる、ストーカー予備軍になってしまった。
 どうしてこうなった。

「あっはっはっはっはっ! 面白いねえ。絶望とはまた違うけど、今の僕にはこれくらいの嫌がらせしか出来ないしね」
「こらっ! 早く三人を元に戻ちなちゃい!」

 げらげらと下品な笑い声を上げるモノクマの腹に、ウサミの鉄拳がぶち込まれた。モノクマは、うげええっという情けない悲鳴を上げながら、目にも止まらぬ速度で吹っ飛んだ。

「い、痛いよウサミ。暴力反対!」
「暴力じゃありまちぇん。これは正当なる制裁でちゅ」
「うわああん、ウサミが怖いよ!」

 もうお家帰る! と吐き捨てて、モノクマは泣きながら逃げた。そんなモノクマを追い掛けるウサミは、兎をモデルにしたとは到底思えない程の気迫と殺気を漂わせていた。
 そういえば兎は、結構凶暴な生き物だとか田中が言っていたような気がする。そして熊は、案外臆病な生き物だとか。
 ならこの関係も強ち間違いではないのかな――と、自己完結という名の思考放棄をし、俺は問題の三人へ視線を戻した。

「なあなあ、一緒に軍事施設行こうぜ」
「断る。俺様はソニアと幻影の館へ行くのだ」
「ならば左右田さん、私と軍事施設へ行きましょう!」
「ええっ。でも、俺は田中と軍事施設に行きたいし」
「そんな殺生な! 私は左右田さんと居たいんです!」
「俺様はソニア、貴様と共に時間を過ごしたいのだが」
「え、ああ、そうですか。ですけど私、左右田さんと一緒に居たいですし」
「ぐ、ぐぬぬっ」
「ああ、うん――じゃあ間を取って、三人で図書館に行かね?」
「それは良いですね! 左右田さんの意見に賛成です!」
「ソニアが賛成するなら、仕方ないな」

 あれ、何か今までとあんまり変わらないな。
 左右田がソニアにタメ口を吐いてることくらいしか、新鮮味が感じられない。
 芸術的な三角関係を誇るこの三人だと、好意の方向が逆になった程度ではあまり変わらないのだろうか。
 何というか、本当に地味な嫌がらせだな。嫌がらせにすらなっていない。残念な嫌がらせだ。

「ざ、残念だって? やだなあ、僕が残念だなんて! 残念だなんてもう、絶望的じゃないか!」

 何処から生えてきたのか判らないが、いつの間にかモノクマが傍に居た。というか人の思考を読むなよ残念なモノクマ、略してザンクマ。

「ううっ、酷い。ザンクマとかもう、原形がないじゃない」

 だから思考を読むなって。

「見付けまちたよ」
「ひゃあああっ! で、出たあああっ!」

 しくしく泣き真似をしていたモノクマ改めザンクマは、ウサミからの一方的な暴力という名の制裁により、あっという間にずたぼろの襤褸雑巾にされた。
 自業自得ではあるが、何だかとても哀れだ。本当に残念すぎる。

「ぼ、僕は残念なんかじゃ、ない――がくっ」

 態とらしい擬音を発し、モノクマは倒れ伏した。

「悪は滅びる運命なんでちゅ」

 どや顔でウサミがふんぞり返る。少し苛立ちを覚えたが、下手に怒らせて追い掛け回される羽目になるのは嫌なので、何も言わずにぐっと堪えた。

「さて、修復しないといけまちぇんね」

 そう言ってウサミはステッキを振り回し、一部分が卑猥な呪文を唱えた。




――――




「ソニア!」
「田中さん!」
「左右田」

 三人は、普段通りの三人に戻った。
 ――いや、正確に言えば少し違う。好意の方向が逆になっていた時の記憶が、三人に残っていたのだ。
 そのせいか、はたまたそのお陰か、三人の関係は更に良好なものとなった。
 左右田はソニアにタメ口を使うようになり、家臣のような振る舞いを止めた。そのお陰でソニアからの好感度が上がり、ストーカー予備軍から良き友人へランクアップした。
 ソニアは田中一筋ではなくなり、左右田へも愛情を向けるようになった。そのお陰で田中からの好感度が上がり、ストーカー予備軍から魂の伴侶へランクアップした。
 田中はソニアを雌猫呼びしなくなり、素直に好意を示すようになった。そのお陰で左右田からの好感度が上がり、ストーカー予備軍からソウルフレンドへランクアップした。
 何だかんだで、三人の仲が前よりも良くなったのだ。
 本来の三角関係という定義にいよいよ当て嵌らなくなってきたが、それはそれで良いのだろう。
 お互いにお互いを認め合い、支え合う、そんな関係になったのだから。
 ありがとうモノクマ。お前は残念ではなかったよ。お前は素晴らしい、立派な熊だった――。

「田中さん、左右田さん。私、良いことを思い付いたのです!」
「何を思い付いたのだ」
「何だ何だ?」
「あのですね――この島を出たら、私と田中さんと左右田さんの三人で、結婚式を挙げませんか?」

 ――ちょっ。

「ふむ、それは良い考えだ」
「良いなそれ! 三人で結婚すりゃあ、ずっと三人一緒に居られるぜ!」
「でしょう! 私の国では重婚が認められていて、尚且つ同性婚も認められているので、田中さんと左右田さんが私と一緒に来てくだされば、バリバリ合法的に結婚出来ますよ!」

 ちょっと、おい。

「合法的に、か。ふはははっ、最高ではないか! 因果律を捩じ曲げる必要がないとは、やるではないかソニアよ」
「勿の論です! 良きに計らってください!」
「ああでも俺、外国語とか解んねえ」
「大丈夫です! 私が通訳になりますし、言葉もじっくりことこと教えて差し上げますので」
「なら安心だな!」

 おい、おい。何でそんな話になってんの。

「ところで左右田よ。結婚式には何を着る気だ」
「えっ? そりゃあ普通にタキシードとか」
「何、だと? ウエディングドレスは着ないのか?」
「何で俺がウエディングドレスを着るんだよ! それはソニアが着るもんだろうが!」
「良いですねそれ! 左右田さんに似合うウエディングドレスを探しましょう!」
「ちょっと待って、待ってくれ! 探さなくて良いから!」
「俺様としては、純白のドレスが良いと思うのだが」
「ちょっ、おいおいマジかよ!」
「ちょっとした余興ですよ。ちゃんとタキシードも用意しますから、安心してくださいね!」
「え、ああ、じゃあ良いか」

 いやいや良くないだろ。

「新婚旅行は何処へ行きましょうか。私は日本の京都へ行きたいのですが」
「京都かあ。行ったことねえし、俺も行きてえなあ」
「古き和の魔都、か。俺様も興味がある」
「なら新婚旅行は京都に決まりですね! ぶぶ漬けを食べて、お寺を堂々巡りしましょう!」

 ――ああ、何ということでしょう。劇的ビフォーアフターも真っ青だ。
 俺は舐めていた。ランクアップの上昇率を。
 良き友人どころか、恋人クラスにまで上がっていたことを。
 魂の伴侶どころか、魂の半身クラスにまで上がっていたことを。
 ソウルフレンドどころか、ソウルファミリーレベルにまで上がっていたことを。
 俺は、舐めていた。好感度の上昇率を。

「結婚生活が楽しみですね!」
「今とあんま変わんねえ気がするけどな」
「確かにな。だが、それが良い」
「ふふふ。何も変わらない日常というのが、一番の幸せなのですよ」
「だな」
「うむ」

 何か良い感じに話が纏まっていっている。俺はどうしたら良いのだろうか。仲良きことは良いことだ。
 だが、何だか三人がとんでもない方向へ突っ走っているような気がして仕方がない。
 しかし俺にはもう、その暴走を止める力も、やる気もない――。

「左右田、ソニア、田中」

 俺は三人に声を掛けた。

「日向」
「日向さん」
「特異点」

 三人が俺を見る。俺は三人の視線を一身に受け、そして――。

「――お幸せにな!」

 ぐっと親指を立てて、満面の笑みを浮かべた。

「当たり前だろ! 絶対幸せになってやるっつうの! ああ、勿論二人も幸せにするぞ!」
「日向さん、ありがとうございます! 私達はきっと――いえ、必ず幸せになります!」
「ふっ、この覇王たる俺様が居るのだぞ? 幸福になることもすることも、赤子の手を捻るが如き容易さよ!」

 ああ、お幸せにな。
 もう俺は、突っ込まない。
 三人仲良くしていれば良い。
 そう、これで良いのだ。良いったら良いのだ。
 幸せの形は人それぞれなのだから、綺麗で幸福な三角関係が存在しても良いではないか。
 だって世の中は、こんなにも理不尽と不可思議で満たされているのだから――。




――――




「千秋ちゃん。モノクマのせいで、何だか凄いことになってちまいまちた」
「うん。これもまた希望――だと思うよ?」
「希望、なんでちょうか」
「希望だよ、うん。日向君もそう言ってたし」
「そうでちゅか。なら――良いでちゅよね! 仲が悪いよりは断然良いでちゅ! あたちは悪くない、悪くないでちゅ」
「うん、ウサミは何も悪くないよ。悪いのは――いや、誰も悪くないと思うよ」
「モノクマもでちゅか?」
「うん。結果的に三人の仲が良くなったし――誰も悪くないよ、多分」
「そ、そうでちゅね。何も悪くない、誰も悪くないでちゅ。だからこうなってしまったのも――何の問題もないんでちゅ」

 あたちは悪くない、何も悪くない、問題はない――と、何度も何度も壊れた機械のように繰り返すウサミを見ながら、私は小さく溜め息を吐いた。


 一般的倫理観なんて私にはないけど、三人の歩もうとしている道は現実世界だと――難易度ルナティックだと思う。
 ソニアさんの国はもうないし、世間が三人の結婚を許すのか解らない。下手をすれば三人ばらばらにされて、罪滅ぼしという名の強制労働を強いられるだろう。
 ううん、難易度高いなあ――と呟きを漏らし、私は手に持っていた携帯ゲームの電源を入れた。

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