覇王様の華麗なる戯れ

 今日は、見返りを求める悪しき雌猫共の祭典であり、魔力を込めて恋慕せし相手に貢ぎ物を捧げる祭典でもある。
 そう、今日は――バレンタインデーだ。
 斯く言う俺様も、この祭典に参加している男の一人である。
 一応説明しておくが、俺様はこの祭典を享受する側として参加している――訳ではない。
 逆である。
 今の俺様は、捧げる側の立場なのである。
 本来であれば男の身である俺様は、享受する側なのだが――そのような常識はぶち壊す。
 どうしても、やらねばならぬ奴が居るのだ。
 左右田和一。超高校級のメカニックと謳われているこの男に――俺様は、不覚にも惚れてしまったのだ。
 いつからなのかも、理由も解らない。気付いた時には既に惚れていて、どうしようもない程の劣情と愛情に苛まれ続け――現在に至るという訳だ。
 最早俺様には、理由も糞も関係ない。唯一つ、左右田を我が物に出来ればそれで良いのである。
 そのためには――手段は選ばない。そう、選ばないのだ。
 故に俺様はこうして、手作りチョコレート――溶かして入れて固めただけだが――を用意し、奴に手渡す算段をしているところなのだ。
 左右田のつなぎ服と同じ黄色の包装紙に、左右田の髪と同じ躑躅色のリボンを巻いた箱だ。完璧だ、見た目は。
 あとはこれを渡すだけ。そう、渡すだけなのだが――。

「そ、左右田さんっ! あの、これっ、貰ってください!」
「おっ? ありがとな」
「左右田せぇんぱぁいっ、いっつもありがとうございまぁっす! はいっ、義理チョコっ」
「態々義理とか言うなよ! 悲しくなんだろ! ありがとよ!」
「ちゃんとお礼は言うんだね――あ、私からも。はい」
「おお、ありがとな」
「先輩、ホワイトデーにちゃんとお返しくださいよぉ?」
「あ、あんま期待すんなよ。俺、毎日金欠なんだからよお」
「あはは、大丈夫大丈夫。ジャンク屋で色々見繕ってあげるから、それ直してくれれば良いよ」
「ああ、それなら良いぜ! 新品より良いもんにしてやっからよ」
「流石、超高校級のメカニックぅっ! そこに痺れる! 憧れるぅっ!」

 ――予備学科の雌猫やら後輩の雌猫やらに囲まれていて、渡すに渡せないのだ。
 左右田和一。奴は軽薄で下等な人間に思われがちだが、実際に関わってみると、そうでないことがすぐに判る。
 人から頼まれたこと、頼まれもしていないことも積極的に行うし、物事――特に機械に関してはとても勤勉だ。かと言って機械関係以外は疎いということもなく、対人コミュニケーション能力もあり、学業に関しても抜きん出ている。
 おまけに、癖のある性格を有しがちな超高校級達の中で、唯一と言っても過言ではない程に、常識的で一般的な思考をしている。
 なので奴は――才能の有無や性別を問わず、色んな人間に好かれる。いや、持てる。持てている。
 妙なところが鈍感な左右田はきっと、友情の延長線で物が貰えていると思っているのだろうが――俺様には判る。奴が受け取った何個か、何十個かは、本気の愛情が込められた物であると。
 普段はその鈍感さに苦しめられてきたが、今日という日はその鈍感さに感謝している。
 好きですと言われても、奴はその意味を全く違う方向に解釈するのだからな!
 本当、鈍感様々だ。

「――じゃあ左右田さん、また明日ね」
「おお」
「ホワイトデー、楽しみにしてるからね!」
「へいへい」

 おっ、やっと雌猫共が左右田から離れたか。漸く左右田と接触出来る。まずは人気のないところに誘い出して、それから――。

「――田中さんっ!」

 ――ふぇあっ?
 背後から、俺様の名を呼ぶ雌猫の声がした。振り返る。果して其処には――ソニアが居た。
 何でこのタイミングで来るのだ。

「今日はバレンタインデーですので、破壊神暗黒四天王さん達にこれを――あと、田中さんにはこれを!」

 そう言ってソニアが手渡してきたのは――向日葵の種と、可愛らしい包装の箱だった。

「定番のギブミーチョコレートです! ちゃっかりねっとり食べてくださいね!」

 それでは御機嫌よう――と言い残し、ソニアは気品溢れる歩き方で去っていった。
 流石、超高校級の王女だな――って、そんな感心している場合ではない!
 左右田を見る――が、既に奴は居なくなっていた。ガッデム、ド畜生!
 俺様は左右田を探すべく、ソニアから貰った物を抱えながら全力で走り出した。




――――




 現在時刻、夕食後。現在地、俺様の寮部屋。俺様の所持品、大量の貢ぎ物と――左右田に渡す筈だった箱。
 ――ガッデム、ド畜生!
 学校内を駆け摺り回り、途中々々で雌猫共に貢ぎ物を渡され、量が増えていくと共に、重量で俺様の体力が大幅に削がれ、それでも左右田を探すために走って――その結果がこれである。
 結局、左右田は見付からなかった。
 もしかしたら外出してしまっていたのかも知れない。
 そうだとしたら俺様は、無駄に体力を消費しながら、貢ぎ物を貰うために学校内を駆け摺り回っただけになる。
 少し悲しい。貢ぎ物は嬉しいが、少し悲しい。
 左右田に渡す筈だった箱を見る。走ったり貢ぎ物に潰されても尚、原形をしっかりと留めていた。流石、俺様が直々に選んだ箱だ。何ともないぜ。
 ――って、そんなことに感心している場合じゃない。
 結局どうするべきなのだ。
 奴も寮の利用者、俺様のように個室を所有する選ばし存在――ならば、今ならば、渡せるんじゃあなかろうか。
 いやしかし、奴の部屋の扉を叩いて喚び出すには、俺様の勇気――いや、魔力が足りない。
 部屋の前に置いても良いのだが、性根は警戒心の塊みたいな左右田のことだ。正体不明の贈り物、ましてや食い物などは口にしないだろう。
 そのまま放置か、真面目な奴のことだから――塵箱へ直葬、なんてことも有り得る。
 それは嫌だ。絶対に避けたい。
 つまり、正体の判る渡し方――手渡しが一番ということだ。
 しかし、俺様には魔力が! 魔力が足りない! 誰か俺様に力を分けてくんろ!
 ――だから、ふざけている場合じゃないんだって、俺様。
 ああ、どうしよう。神様、覇王の一生の――は言い過ぎだけど、頼みを聞いてくれ。いや、ください。左右田に会う好機を――。

「――田中!」

 ――わあお、神様、凄い。
 俺様の部屋の扉を叩き、俺様の名を呼ぶ声は――まさしく左右田和一本人のものだった。神様しゅごい。

「ち、ちょっ、ちょっと待て! すぐに開けるから!」

 あっ、厨二語忘れてた。
 しかし左右田は何も突っ込まず、俺様の解き放った扉を潜り、我が領域内へと足を踏み入れたのだった。
 突っ込まれないのは突っ込まれないで寂しいな。

「ふ、ふはっ! どうした雑種よ。俺様に接触を試みるとは――命知らずだな!」

 あっ、これはあかん。喧嘩売ってる。

「――えっ、と。俺様に、何か用か?」

 よしよし、これなら大丈夫な筈だ。どうせ突っ込んでこないし、今は極力厨二語を封印しよう。

「ああ、用っつうか――そっちが俺に用あんじゃねえの?」

 何故ばれたし。

「なっ、なななっ」
「今日の朝からずっと、俺のこと付け回してたんだろ?」

 何故、ばれたし。

「そ、それを何故」
「いや、ソニアさんが教えてくれてな」

 田中を付け回していたら、田中が俺を付け回していることに気付いたらしいぜ――と、左右田は苦笑いを浮かべた。
 わあお。

「め、雌猫め。俺様を尾行するとは命知らずな――」
「で、俺に何の用があったんだよ」

 残念! 話を逸らせなかった!

「い、いや、その――」
「はっきりしろって。気になって今日寝れねえだろ」

 じゃあ一緒に寝ようか――って、そんな馬鹿なことを考えている場合ではない。
 覚悟だ。覚悟を決めろ田中眼蛇夢!

「――じ、実は貴様に、貢ぎ物があってだな」

 これなのだが――と、俺様は漸くチョコレートを左右田に渡すことが出来た。やった、やったぞ。誰か褒めろ。

「貢ぎ物――もしかして、バレンタインのか? 逆だろ逆。男のお前がチョコレートやってどうすんだよ、貰う側だろ」

 左右田よ、逆にしても貴様も男だから変わらないぞ。

「まあ、くれるって言うなら貰うけどな。ありがとよ」
「あ、ああ」

 やった、何だかんだでちゃんと受け取ったぞ! 左右田が俺様の愛を受け取ったぞ! やったね破壊神暗黒四天王、仲間が増えるよ!

「中身は何だ?」

 俺様が幸せの絶頂に達していると、左右田が俺様の渡した箱のリボンを解き、包装紙を丁寧に剥がしていた。
 おいやめろ。

「なっ――こ、此処で開けるな!」
「は? 良いじゃねえか別に」

 そう言いながら左右田はさっさと箱の封印を解き、そして――禁じられたパンドラの箱を開いてしまった。

「――ハート?」

 左右田はチョコレートの形を確認し、俺様に問うた。聞くなよ。

「は、ハートだ」
「へえ、ハートか――どういう意味だ?」

 俺の心臓を引き摺り出してやるってことか――と、左右田はまた俺様に質問した。そんな野蛮なこと考えてません。

「い、いや、それはだな――」

 どうする、言葉を濁すか?
 ――いや、駄目だ。この鈍感には、端的にずばっと伝えなければ――永遠に伝わらない!

「――俺様は、貴様を愛している。結婚してください!」

 い、言った。言ってやったぞ! 俺様言ってやったぞ!
 さあ左右田よ、答えは如何に――。

「この国、男同士じゃ結婚出来ねえぞ」

 おい。
 予想の範囲外な答えが返ってきて、俺様は悲しみやら怒りやらでぷっちん寸前になりながらも、ぐっと堪えて左右田に言う。

「そ、そういう意味ではなくてだな」
「何だ、冗談か」

 何でそうなる。

「冗談ではない! 喩えだ喩え! 察せよ、馬鹿か!」
「喩えか! 何だよ吃驚した、冗談だったら叩き割ろうかと」

 やだ此奴、結構バイオレンス。

「まあ――冗談じゃないんなら、その――考えてやっても、良いぜ?」

 途切れ途切れにそう言いながら、左右田は顔を赤くし、ニット帽を目深に被った。
 あらやだツンデレだわこの子。

「ふ、ふはっ! 覇王たる俺様は気が長い。貴様の答えを暫しの間、待っていてやろうではないか!」
「相変わらず偉そうだな! まあ、その――あ、ありがとよ」

 照れ笑いを浮かべながら、左右田は俺様の作ったチョコレートを摘み上げた。

「食っても良いよな?」
「ふっ、許可してやろう」

 俺様が了承すると、左右田はチョコレートを口に含み、ぱきりと歯で割って咀嚼し――。

「――げふっ――」

 ――左右田が血を吐き、白目を剥いて倒れた。




――――




 左右田は入院した。
 診断結果は、未知の毒物による中毒らしい。
 ――えっ、もしかして俺様が悪いの?
 未知の毒物って何だよ。俺様は普通にあるものだけで作ったぞ。
 南瓜とか、向日葵の種とか、部屋に生えていた綺麗な茸とか。
 毒物なんて何一つ入れてないのに!

「そ、左右田。大丈夫か?」

 病室のベッドで横になっている左右田に話し掛ける。左右田は顔面蒼白で、今にも死んでしまいそうだった。

「大丈夫に、見えるか?」

 ごめん見えない。

「す、すまない。俺様の毒が貴様の身体を蝕んでしまったようだ」

 多分俺様が原因なのだろうと思い、素直に謝った。すると左右田は微苦笑を浮かべ――。

「今度から、俺がお前にチョコレートやるわ」

 ――と言った。
 今度から? 左右田が俺様に?
 それは、つまり――。

「――俺様の伴侶になるということだな?」

 俺様が高らかにそう言うと、左右田は明らかなる苦笑いを浮かべ、もうそれで良いよ――と力なく言い捨てて、ベッドへ潜り込んでしまった。

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