元ネタ→【落語】粗忽長屋

 世の中には、そそっかしい人がいるものでして。
 如何なる時代にも、そういう方は必ずいるものでございます。

「この技の切れは――トキ!」
「違う、アミバだ」

 なんてことが本当にあったそうで。
 世紀末にも、粗忽者はいるのでございます。




 さて。そんな世紀末真っ只中の昼下がり、奇跡の村へ向かう男が一人。この男、名をレイと申しまして、結構な美丈夫でございます。美丈夫なのはこの話と全く関係ありませんが。
 で、レイは奇跡の村に住むとある男に会いに来たのでございますが、村の入り口で何やら人集りができている。
 何だ何だと野次馬根性丸出しでレイ、人集りを掻き分けてその中心へ辿り着く。そこにはなんと、男が倒れているじゃあございませんか。
 行き倒れか、可哀想に。なんて思いましたレイでございますが、よくよくその人を見てみれば、自分の親友に瓜二つ。慌ててその男を抱き起こし、じっくり顔や身体を見回しまして、ああやっぱり俺の親友だと確信したのでございます。

「何てことだ、俺の親友が」
「おや、あんた。その人の親友なのかい」

 と、野次馬の中の一人がレイに声をかける。それにレイは涙ぐみながら頷く。

「ああ。ついさっき戯れ合って服を引き裂いてやったところなのだ。あんなに元気に悲鳴を上げていたのに。これは本人に引き取りに来させないと」
「はい? この方は朝からここで倒れているんだけども」
「はあ、朝にここで身体忘れて帰ったのか。やはりあいつはドジだなあ」
「いやちょっと。そうじゃなくてだね、それは人違いじゃ」
「今から連れて来るっ」

 人の話を全く聞かずにレイは、親友の元へまっしぐら。


 そしてその頃の親友。相変わらずの元気な様子で、レイに引き裂かれた服を不機嫌そうにしながら縫っております。
 とそこへ、全力疾走して参りましたレイがやってきました。

「あ、アミバッ!」
「ふぁっ! こ、この馬鹿ッ。性懲りもなくまた来やがった! 帰れ! 服を引き裂かれてたまるかッ」
「いや、いやいや違う。今回はそういう目的で来たんじゃあないんだよ」
「じゃあ何だってんだ」
「実はな、ケンシロウの兄に会おうと思って奇跡の村へ行ったのだがな、そこでとんでもないものを見付けてしまって」
「とんでもないもの?」
「お前の死体だ」

 それを聞いたアミバ、可哀想なものを見るような目でレイを見つめます。

「可哀想に、とうとうおかしくなったか。いや元々か」
「いやいや、本当なんだって。お前がこう、村の入り口でばたりと倒れていてな。抱き起こして、顔も身体もじっくりねっとり見回したんだよ」
「気持ち悪ッ」
「で、どう見てもお前、アミバだったんだよ。お前だよお前」
「はんっ、そんな馬鹿な」
「俺を疑うってのか? 俺の目は誤魔化されんのだぞ」

 とまあレイが真剣な様子で云ってくるので、段々アミバも不安になってきました。

「ま、まさか、そんな。本当に俺だったのか?」
「本当にお前だった。まさに瓜二つ、双子かと思うくらいだったぞ」
「俺に兄弟はいない。ということは」
「ああ。残念だが、お前はもう死んでいる」

 そんな、と落ち込むアミバを抱き締めて、よしよしと頭を撫でるレイ。

「大丈夫、俺はお前が死んでいても愛しているからな」
「お断りします」
「他人行儀ッ。いや、それよりもだ。死体を引き取りに行くぞ」
「えっ」
「死体だよ死体。お前の。まさかお前、身体だけ放り出してここにいる気か? ちゃんと後始末はしなければならんだろう」
「そ、それはそうだが」
「だろう? 判っているなら早く行くぞ」

 そう云ってレイは、渋るアミバの手を握り、引き摺るように連れて行きまして、奇跡の村へと辿り着いたのでございます。相変わらず人集りがありまして、レイとアミバはそこへ向かいました。

「すまない、親友を連れてきたんだ。開けてくれないか」
「いやいや兄ちゃん、だからそれは人違――えっ?」

 野次馬達は絶句致しました。レイの連れてきたアミバと、倒れている男を見比べまして、ああ本人だと思ったからでございます。

「これが、俺の死体か」
「ああ。よく見ろ、ほら。まさにお前だろ」
「ああ、確かに俺だ。俺だわ」

 倒れた男を抱き起こしましたアミバ、何から何まで自分に瓜二つの男を見まして、小さく呟きました。

「当たり前だ、お前なのだから。全くお前は。昔からドジっ子だとは思っていたが、まさか自分の身体を忘れてくるなんて」
「ドジっ子だと」
「ドジっ子もドジっ子、大ドジっ子じゃないか。この前だって突く秘孔を間違えて女になってたし。可愛かったけど」
「あ、あれは偶々で。天才にも失敗は付き物というか何というか、その」
「やっぱりドジっ子じゃないか」
「う、五月蝿いッ!」

 と元気よく怒鳴りつけましたアミバでしたが、抱き起こした男の身体を見ていると、段々目頭が熱くなってくる。ああやっぱり自分は死んだんだと、ぐっと心臓が潰される。
 それからはあっという間で、普段絶対泣かないアミバが、はらはらと涙を流しているじゃあございませんか。それを見たレイもはらはらと涙を流し、アミバの肩に手をかける。

「アミバ。ショックだろうが、これが現実なんだ。大丈夫、俺は死んでいてもお前を愛しているから」
「それはもう良い」
「さ、死体を持って帰ろう。そして丁重に葬るんだ」
「じ、自分で自分を葬る、のか」
「当たり前だろう。自分の身体なのだから、ちゃんと自分で処理しなければならんだろう」
「しかし、何だかそれはおかしいような」
「何もおかしくないだろう。自分の死体を自分で葬る。うん、どこもおかしくない。何なら経の一つでも読んでやると良い。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「えっ、あ、うああっ。何だか判らなくなってきた」
「おいおいしっかりしろ。お前天才なんだろ。何が判らないのだ」

 するとアミバ、男の身体を抱き締めて、泣きながらこう云った。

「抱かれている俺は確かに俺だが、抱いている俺は一体誰なんだ?」




「大丈夫、お前はアミバだ」
「ふぁっ!」
「え、あっ、死体が動いたッ?」
「死体ではない、私はトキだ」
「えっ? あれ? アミバじゃないのか? って、ちょっと待て。トキ? もしかしてケンシロウの兄の?」
「そうだが」
「何でそんなにアミバそっくりなんだよ」
「私がアミバにそっくりなのではなく、アミバが私にそっくりなのだ」
「どういうことだってばよ」
「アミバが私そっくりに整形しているのだ。アミバの顔、昔と違うだろう」
「なんだと」
「気付かなかったのか」
「気付かなかった」
「粗忽だな」
「すみません」
「ところでアミバ。本気で私を自分だと思ったのか」
「雰囲気に飲まれた」
「そうか、可哀想に。ああそれと、白髪もよく似合っているぞ」
「え、あ、ありがとう」
「俺にはデレないのにトキにはデレるのかッ!」




 お後が宜しいようで。

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