こんな時もあった筈だ

 麗らかな春の昼下がり。この時間帯は休憩時間なので、修行を一旦止めて身体を休めるのが普通――なんだが。
 一人、普通じゃない奴がいる。皆が休憩している中、あいつだけはずっと拳を振るい続けているんだ。
 あいつは俺と同じくらいの歳で、小さい頃から一緒に修行したり遊んだりしていた仲だった。


 ――だった。そう、だったんだ。
 最近では俺が近寄っただけで逃げるし、会話なんてもう一ヶ月していないかも知れない。
 俺は地べたに座り込みながら、あいつを見る。まるで何かの罰を受けているみたいに、必死で自分の身体を苛め抜いている。あんな鍛え方をしていたら、いつか限界が来るだろうに。

「なあ、アミバ。そろそろ休憩しろよ」

 そう俺が話しかけても、あいつは――アミバは完全に俺を無視して、動きを止めやしない。いつものことだ、俺が声をかけても無視。近付けば避ける。いつものことだ。
 そう、いつものことなのだが――そろそろ俺の堪忍袋というか、不満袋が限界だった。

「アミバ、無視すんなよ」

 無視。

「アミバってば」

 無視。

「――アミちゃん」

 アミバの動きが止まった。ぴくぴくと眉が痙攣している。

「アミちゃん、アーミちゃーん、アミにゃーん、アミたーん」

 駄目押しで思い付く限りの呼び方をしてやると、アミバは俺を睨み付け、ずかずかとこちらに歩み寄ってきた。その表情はまさに、般若そのものだった。

「貴様ァッ! その呼び方はするなと何回も云っただろうが!」

 鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの大声で、アミバは俺に向かって吼えた。普通の人間なら、吃驚するなり怯えるなりするんだろうが――俺はやっと相手にされて、嬉しいと感じていた。

「ごめんごめん。だってアミバが俺のことずっと無視するからさあ」

 不満を隠すことなくそう云ってやれば、アミバは立ち竦んだまま、俺を無言で睨み付けていた。

「ちょっと座れよ」

 隣に座るよう促すも、アミバは黙ってじっと俺を睨んでいるだけだった。焦れったくなった俺はアミバの手を掴み、無理矢理引っ張った。

「良いから座れっつうの!」
「うわっ」

 予想外だったのか、それとも修行のし過ぎで疲労し、反応が鈍くなっていたのか。引っ張った勢いでアミバは体勢を崩し、俺に向かって倒れ込んできた。

「おっと」

 すかさずアミバを受け止める。丁度良い、逃げられないように抱き締めておこう。更に足を背中に回して組んでしまおう。これでもう、逃がさない。

「なっ、おい! 離せ!」

 じたばたと無駄な足掻きをするアミバを押さえ込む。久しぶりの触れ合いに、少し満足感を覚えた。アミバも抵抗を諦めたのか、暫くすると暴れるのを止めた。

「なあ、何で無視してたんだよ」

 妙に癖のあるアミバの跳ねっ毛を弄くり回しながら聞いてみる。相変わらず黙りを決め込んで、返事をしようとしない。

「なあ、アミちゃんってば」
「ちゃん付けするな」

 そういうことだけには反応するのかよ。
 にしても、いつから無視されるようになったんだっけ。確かあの時から――あっ。

「もしかして、模擬戦で俺に負けたから拗ねてんの?」

 云った瞬間、アミバ脇腹を抓られた。

「いたたたたたたた」
「凡人の癖にっ、凡人の癖にっ」

 呪詛のように呟きながら、俺の皮膚を引き千切らんとしている。アミバなら本気でやりかねないと知っている俺は、その手を掴んで引き離した。かなりずきずきする。

「んなことくらいで拗ねんなよな」
「俺にとっては重大だ!」

 また脇腹を抓ろうとしてくるのを防ぎながら、俺は仕返しにアミバの脇を思い切り鷲掴みした。途端にアミバはびくんと震え、引き攣った顔で俺を見る。

「おい、止めろ、それは本当に」
「やだ」

 アミバの言葉を無視し、肋骨の隙間を抉るように脇の肉を揉み拉く。ぐりぐりと、執拗に。そうしてやると、アミバは俺の胸に縋り付き、肩を震わせ始めた。

「くっ、やめっ、くふふっ」

 また逃げ出そうと暴れ始めたが、俺がしっかり足を組んでいるので、それは叶わない。俺はもう片方の脇も鷲掴みにし、ぐにぐにと揉み拉いた。

「ちょっ、まっ、ふふっ、やめっ、くふふふっ」

 必死に俺の手を払い除けようとしているが、擽っているお蔭で手に力が入っていない。

「も、もう、やめ、ふふふっ」
「思い切り笑えば良いのに」
「うるひゃぁっ、この、ふふふっ、あはははっ!」
「それだよ、それそれ」

 俺は擽るのを止めて、アミバの頭を自分の胸に抱き寄せた。

「ふぐぅっ」

 アミバが呻いたが、俺は構わずぎゅうぎゅうと抱き締めた。

「く、苦しい。離せっ、この――」
「お前はさあ、色々と頑張りすぎだって」

 その言葉で、アミバが呻くのを止めた。

「どういう、意味だ」
「そのまんまだよ」

 アミバの声に怒気を感じたので、宥める意図も含めてアミバの頭を撫でる。

「何で天才に固執してんのか知らねえけどさ、無理してまで頑張ることねえよ」

 流石に怒るかと思って云ったが、意外にもアミバは温和しくしていた。

「ああ、別に頑張るなってことじゃねえぞ。無理しても身体に悪いって意味だからな」

 温和しいのを良いことに、今まで弄れなかった分、髪を弄りまくる。あっ、枝毛。

「それにさ、こうやって昔みたいに、戯れ合いたいというか何というか」

 昔から俺の一方的な戯れ合いなんだけども。

「お前は俺のこと嫌いかも知んないけど、俺は――」

 とここで、アミバの反応がなさすぎることに疑問を抱いた。そっと顔を覗き込んでみる。寝ていた。
 おい。

「――まあ、こういうところも好きなんだけども」

 こうして俺に身体を預けて寝てしまうくらいには、信頼されているんだろう。と、自己完結してみた。
 空を見上げる。太陽の位置的に、まだ休憩時間はある。

「俺もちょっと寝ようかな。おやすみ、アミバ」

 起きていたら絶対に殴られるだろうなと思いながら、軽くアミバの髪にキスをし、抱き締めたまま俺も寝ることにした。




 その後、寝過ぎて修行をさぼってしまった俺達が怒られたのは、また別の話。


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