お似合いの二人
俺の相棒がヤンデレだった件について。
気付いたのは、共に行動するようになった三日目辺りだったかな。
手下共に逃げられちまっていた俺達は、二人で荒野を歩き回っていた。そりゃあ、あいつと二人だけってのも悪くなかったが、手下は居た方が色々便利だ。だからそこら辺で馬鹿な雑魚共を引き込もうとしたんだが――。
――皆殺しにされた。
誰に? あいつにだ。吃驚したぜ。朝起きたら死体の山ができてたんだからよお。その山の上で、あいつが満面の笑みを浮かべてこっち見てた時は、本当に全身が凍り付いたぜ。全身血塗れでよお、俺に向かって云うんだ。
「邪魔な奴らは全部、片付けておいたからな」
ってよお。ぞっとするくらい綺麗な笑顔で。でも目だけは完璧に気狂いのそれで、不覚にもびびっちまった。俺も大概のことはしてきたが、あんな方向性の狂気は初めてだったからな。得体の知れねえ、気味の悪い気分だった。
けどよお、そんなんでも良い奴なんだよ。普段は温和しいもんだし、俺にじゃれついてくるところも可愛げがあって、やっぱり嫌いになれねえ。だからその件は、厳重注意だけにして許してやったんだよ。あいつも反省してたし、泣いてたし。俺は寛大だし。
それからまた、手下を集めたんだ。今度はあいつも皆殺しなんてことはしなかった。話せば解る、やっぱり良い奴だ――と思ったんだけども。ああ、殺しはしなかった。殺しは。
脅しはしてくれましたよ、ええ。
手下曰く。俺に触ったら四肢切断して野晒しにされる。
手下曰く、俺と談笑したら男根引き千切られて食わされる。
手下曰く、手下を辞めたら生きたまま焼き殺される。
あいつが手下共に云って回った内容だ。他にもバリエーションはあったが割愛する。そこは重要じゃないからな。
重要なのは、俺の自由が束縛されまくっていることだ。俺だって手下共とバカ騒ぎしてえこともあるんだ。俺は大勢で騒ぐのが好きな人間だからな。でもあいつはそれを否定してくる。遠回しに諭しても、全くあいつに伝わらねえ。だから思い切って注意してやったんだが――危なかった。
主に俺の命が。
「お前には、俺が居れば良いだろう」
そう云いながらあいつは、俺のことを殺そうとしやがった。凄まじい殺気だった。本当に殺されるかと思った。こりゃあ本当に死んじまう――と思った俺は、あいつを何とか抱き締めて謝りまくった。
するとどうだ。さっきまで俺を殺そうとしていたくせに、好きだの愛しているだの云いながら、猫みてえに甘えて擦り寄ってきやがる。やっぱり可愛かった。殺されそうになっても、やっぱりこいつを嫌いにはなれなかった。束縛もそんなに悪くないかも知れねえ。それだけ好かれているってことでもあるしな。
だから俺は、あいつの望むように振る舞ってやった。手下との交流も最低限にしたし、じゃれる相手はあいつだけにした。夜だって、あいつが一緒に寝たいって云うから一緒に寝てるし、素顔が見たいって云うから、二人きりの時はヘルメットを外してるんだ。
あいつは俺が居ないと駄目なんだ。全く困ったもんに好かれちまった。でもあいつは俺しか居ないからな、仕方ねえんだ。俺にだけ付いて回るひよこみてえで、何か可愛いしな。親代わりみてえな。だからこそ、しっかり面倒見てやんなきゃならねえ訳なんだよ。あいつは俺が居ないと、何しでかすか解らねえからな。ずっと傍に居て、ずっと注意してやんなきゃならねえ。
「なっ? 絶対ヤンデレだろ。マジでヤバいって」
そこまで語り終えて、俺は兄者に同意を求めた。しかし兄者は引き攣った笑みを浮かべ、俺から目を逸らして云った。
「お前も大概、ヤンデレだと思う」
「えっ?」
意味が、解らなかった。兄者は何故そんなことを云うんだろうか。
ふと、何かが胸に擦り寄ってくる。あいつだ。俺が居ないと駄目になる、あいつだ。俺は抱き締めて、頭を撫でてやった。あいつは俺の背中へ手を回し、深く密着してくる。やっぱり可愛い奴だ。
兄者の視線が気になった。兄者の視線はこいつに向けられていた。こいつの腕を、兄者はじっと見つめていた。俺もこいつの腕を見る。綺麗だ。細身だが逞しい、力強い腕だ。幾つか付いた傷すらも、美しい。
その傷は、俺が付けたんだがな。こいつを注意する時に付いちまうんだ。最近はもう注意することがねえから、付いちまったりはしねえんだが。服で隠れたところにも、傷がびっしり付いてる。俺が付けたんだ。俺が。
ああ、顔は付けてねえよ。やっぱり顔に傷は付けらんねえからな。俺って優しいだろ。ただ単に、傷の付いた顔は好きじゃねえってだけなんだがな。
「やっぱり――いや、二人はお似合いだな」
兄者はそう云って苦笑いを浮かべた。
「そうか? まあ、兄者が云うならそうなんだろうな」
俺は笑顔でそう答えた。兄者は何か他に云いたそうに口を開閉させたが、結局何も云わずに立ち去ってしまった。
「何だか愚痴ってより、惚気ちまったみてえだな。兄者に悪いことしちまったか」
そう云って俺はあいつの頬を撫でる。首にうっすらと付いた切り傷が艶めかしい。俺はその傷を指でなぞり、良い出来だなと再確認した。
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