Munchhausen syndrome

「また、怪我をしたのか」

 毎日のようにやってくる彼に、私はそう呼び掛ける。だが彼はいつも何も答えない。
 私はいつものように、彼の怪我を診る。毎度のことながら、酷い怪我だった。
 左腕の肉は引き千切れていて、どこが肌なのか判らない。出血を止めようとしたのか、熱した何かを押し当てたような火傷の痕もある。
 右足も酷かった。よくここまで歩いて来れたなと思う程に、刃物か何か鋭利なものでずたずたにされており、無数に付けられた傷口からは血が溢れている。

「何故、このような怪我を」

 彼は強い。私よりは劣るかも知れないが、その辺にいるような族如きでは、傷の一つも負わせることは叶わないだろう。
 にも拘わらず、彼はいつも怪我を負う。しつこく問い質しても、族にやられたの一点張りである。
 そんな訳はない。彼が族如きにやられる筈がないのだ。

「早く、手当てしろ」

 彼の声が私を思考の渦から引き上げた。私は何も云わず、彼の怪我を手当てしていく。
 傷口を水で洗い、薬を塗って包帯を巻く。いつもと同じ、いつもと変わらない手当てだ。
 そしていつも手当ての最中、彼は私のことをずっと見つめている。
 私が彼の傷に触れる時は、嬉しそうに目を細めて見つめている。
 薬を塗る時は、楽しそうに。
 包帯を巻く時は、寂しそうに。
 ずっと――私だけを見つめている。

「終わったぞ」

 そう云って私は彼の頭を撫でた。彼はされるがままで、私の手を受け入れている。

「もう、怪我はするんじゃない」

 いつものように、いつもと同じ台詞を吐く。
 どうせ返ってくる言葉は解っているのに。

「善処する」

 ――ほらな。

「じゃあな」

 そう云って彼は、覚束ない足取りで去っていく。
 また、明日も来るのだろう。
 明後日も明明後日も――その次も。
 態々、自分で自分を傷付けて。

「ああ――」

 ――またな。
 そう云って見送る私はきっと――どうしようもないただの偽善者。

[ 39/89 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -