Munchhausen syndrome
「また、怪我をしたのか」
毎日のようにやってくる彼に、私はそう呼び掛ける。だが彼はいつも何も答えない。
私はいつものように、彼の怪我を診る。毎度のことながら、酷い怪我だった。
左腕の肉は引き千切れていて、どこが肌なのか判らない。出血を止めようとしたのか、熱した何かを押し当てたような火傷の痕もある。
右足も酷かった。よくここまで歩いて来れたなと思う程に、刃物か何か鋭利なものでずたずたにされており、無数に付けられた傷口からは血が溢れている。
「何故、このような怪我を」
彼は強い。私よりは劣るかも知れないが、その辺にいるような族如きでは、傷の一つも負わせることは叶わないだろう。
にも拘わらず、彼はいつも怪我を負う。しつこく問い質しても、族にやられたの一点張りである。
そんな訳はない。彼が族如きにやられる筈がないのだ。
「早く、手当てしろ」
彼の声が私を思考の渦から引き上げた。私は何も云わず、彼の怪我を手当てしていく。
傷口を水で洗い、薬を塗って包帯を巻く。いつもと同じ、いつもと変わらない手当てだ。
そしていつも手当ての最中、彼は私のことをずっと見つめている。
私が彼の傷に触れる時は、嬉しそうに目を細めて見つめている。
薬を塗る時は、楽しそうに。
包帯を巻く時は、寂しそうに。
ずっと――私だけを見つめている。
「終わったぞ」
そう云って私は彼の頭を撫でた。彼はされるがままで、私の手を受け入れている。
「もう、怪我はするんじゃない」
いつものように、いつもと同じ台詞を吐く。
どうせ返ってくる言葉は解っているのに。
「善処する」
――ほらな。
「じゃあな」
そう云って彼は、覚束ない足取りで去っていく。
また、明日も来るのだろう。
明後日も明明後日も――その次も。
態々、自分で自分を傷付けて。
「ああ――」
――またな。
そう云って見送る私はきっと――どうしようもないただの偽善者。
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