SMもどき

 寝台に横たわっている男は、既に満身創痍だった。
 肌には痛々しい痣が彩られ、裂けた皮膚から血が滴り落ち、敷布が赤黒く染まる。
 苦痛に顔を歪めながら、自分の腹の上で馬乗りになっている男を睨む。
 睨まれた男は、無表情だった。ただ、その目には侮蔑の色が宿っていた。

「アミバ、何を睨んでいる」

 そういうと睨まれた男は、満身創痍の男――アミバの頬を打ち据えた。

「っ」
「睨むな」

 そう云って男は、またアミバの頬を打ち据えた。
 張られた頬は赤く染まり、痛みを伴い熱を帯びて、意思とは無関係に涙が滲んでくる。

「痛いか?」

 男は無表情で問う。

「苦しいか?」

 更に問う。

「返事は?」

 そう云って男はアミバの髪を掴み上げた。

「返事、は?」
「――下手糞」

 男の動きが止まる。無表情だった顔が歪み、汗が滲み出て頬を伝って落ちた。

「へ、下手糞?」

 動揺が隠せないのか、先程までの冷淡な口調が一変して声が裏返っている。

「え、なっ、あああアミバ? へへへ下手糞ってどういう」
「そのままの意味だ」

 今まで苦痛に歪んでいたアミバの顔が、呆れたような表情に変わっている。はあ、と大きな溜め息まで吐く始末である。
 それとは反対にどんどん男の無表情が崩れていく。

「えっ、ええっ、でも、私はこんなに」
「――駄目だな、全然駄目だな」

 決定的なアミバの言葉に、男の表情は完全に崩れた。

「そ、そんな! 何故だ、私はお前の云う通りにしたのに!」
「云う通りにすれば良いってもんじゃないだろ。もっと酷くしろよ。髪の毛引き千切るとか」
「そんな滅茶苦茶な! だ、大体『俺を傷付けてくれ』なんて何故頼んでくるのだ!」
「俺、ドMだから」
「初耳!」
「察せよ、恥ずかしい」
「こんなことを頼んでくる人間が何を云う。それよりもう良いだろう、その怪我を治療しよう」

 そう云うと男はアミバの上から降り、アミバの身体を引き起こそうと手を伸ばした――その瞬間、

「いたっ」

 アミバにその手を叩かれた。

「何をするんだ」
「これを治すだなんてとんでもない」
「とんでもない、ではないだろう。少しやり過ぎたから、このままでは痕が」
「それが良いのではないか。所有物って感じだろ?」
「感じだろ? ではない!」
「ああ、すまない。愛の証と云った方が良かったか」
「そういう問題じゃない! ああもう、何で――」

 ――何で私はこんなのを好きになったのだ。
 男がそう呟き項垂れると、アミバはさも当然と云わんばかりに笑った。

「当たり前だろう。俺は天才だからな!」

 天才は関係ないだろう、と突っ込みを入れる気力も湧かなくなった男――トキは、これからもまた無理難題に悩まされるのだろうなあと、他人事のように考えるしかなかった。

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