優しさで包み込んで




主の命で日課の鍛刀の立ち会いをしていたある日

その男は突然やってきた
いつもと何ら変わらない空間が、男が現れただけで空気すら変わったような気がした
舞い散る桜の隙間から、微笑む端正な顔

この男の登場で、遂に自分はお払い箱なのだと
誰に言われずとも分かった





「のう山姥切の、お主、俺が嫌いか?」



三日月宗近、天下五剣で最も美しいとされる刀剣
それは人の器を手にしても同じことだったらしく、
誰が見ても美しいと思うその顔や体つき
それだけの容姿を得ても鼻を伸ばすことなく、むしろ親しまやすい性格ですぐに本丸に馴染んだ

その上その名に恥じない実力
同じ土俵にすら立っていないと言われればそれまでだが、俺なんかが到底敵う相手じゃない

そんな俺が三日月宗近の世話役を任されるなんて…



「…別に、嫌いな訳じゃない」
「だがお主、俺にはそっけないてあろう?」



爺は寂しいぞなんて良いながら袖を目元に寄せて泣き真似をする三日月
そんな姿に冷たい視線を送ると今度は眉を下げて笑った

本当に、別にきらいな訳じゃない
ただ三日月と居るとコンプレックスを助長されるような気がした
山姥切の写しとして作られた俺は様は偽物なのだと
唯一無二の三日月を前するとにまるでそう言われているようで
三日月は何も悪くないのにこうして八つ当たりの様な態度をとってしまう

それでも諦めずに接してくる三日月には関心するというか、呆れるというか

俺なんか放って他の奴等の所へ行けばいいものを…



「…別に、本当に嫌いな訳じゃない」
「ならば何か気にさわる事でもしてしまったか?」

「…俺は、偽物なんかじゃない」



国広第一の傑作なんだ
いらないと言われるのが、飽きられてしまうのが怖い
そう心の中では思うのに、口にする事は出来なくて、唇を噛み締めて俯くだけの俺に三日月は小さく息をついた

いいさ、アンタも俺から離れて行けばいい

ささくれた心で居ると三日月が近づいてくる気配がした
そのまま俺の脇を通りすぎて部屋を出ていくのだと、そう思っていたのに、その足は俺の前でピタリと止まる
恐る恐る見上げると瞳を細めた優しい表情の三日月が居て一瞬息をのんだ



「寂しかったのだな、山姥切りのは」
「…は?」
「皆に置いて行かれたくなかったのであろう?」
「別に…俺はっ」

「ここの者は皆お主を置いてなどいかぬ。それは俺がここに来る前も後も変わらん」
「…」

「それでもお主が不安だと言うのならこの爺がいくらでもお主の元へ迎えに行ってやる」
「みか…づき」

「宗近でよい、国広や…」



そっと頭を撫でてくるその手
頭を撫でられる経験なんて今まで一度もなくて、戸惑って居ると今度はそっと腕を回されて抱き締められた
慈しむ様に包み込んでくる腕
俺をすっぽりと自分の腕におさめた三日月が満足そうに微笑んだ

こんなに大きかったのかと、改めて対格差を実感する
そうしている内にいつの間にか心がスッキリとしている事に気づいて、そっと相手を見上げる
視線が重なると三日月は微笑みながら軽く首を傾げた
特に何かを言ってくる訳でもなく、ただ頭を撫でてくる手
子供が甘やかされているかのようなその情況に自然と頬が熱くなり、
それでもその心地よさから離れたくないという気持ちが強くて、大人しく腕の中におさまっていた


「三日月」
「宗近だ、国広や」
「…みか」
「宗近だ」
「……むね、ち…か」
「なんだ国広」

「ありが、とう…」



俺を置いていかないと言ってくれた
迎えに来ると言ってくれた
自分すら気づいて居なかった寂しいという感情を教えてくれた

何とか小さな声で礼を伝えると宗近は何も言ってくる事はなく、
満足そうに優しい笑みで返してくれた

そっと抱き締めてくれているその背中に腕を回すと耳元で『国広は小さいな』と囁く声が聞こえて、
自分は打刀で相手は太刀なのだから対格差は当然だろうと心の中で呟きながら、
その腕の中でまどろんだ


宗近をいつもより近く感じた
ある昼下がりの日のこと



......
(…いつまでこの状態で居るんだ?)

(はははっ、もう少しよいではないか)



優しさで包み込んで

(でも抱き締められるのは、嫌じゃない)


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