得たもの




人の器を手に入れて得たことは多い

嬉しい、悲しい
人がもつ感情が宿った

そしては何よりも最初に感じたのは熱さ
熱さを感じるこの体が愛しく感じ、
痛みを感じるこの体が恐ろしく思えた



「宗近っ!」
「おぉ、こりゃ驚きだ。随分早い登場だな」
「鶴丸殿っ、宗近はっ…」



ガラッと勢いよく襖をあける内番時の作業着姿
の鶴丸国永
パタパタと団扇で風をおくる先の布団の中にその人物の姿を見つけて慌てて駆け寄った
そこまで顔色が悪い訳では無さそうだが、それでも少し顔が青白い
その顔をじっと覗き込んでいると後ろの方でプッと吹き出す音が聞こえて振り替える
腹を抱えて笑う鶴丸殿
何がそんなに可笑しいのかと眉を寄せて見せると、鶴丸殿は軽く深呼吸をしてから笑みを浮かべた



「いや、悪い悪い、君があまりにも心配そうだからついな」
「当番中に倒れたと聞かされれば誰でも心配しますでしょう」


今剣に話を聞かされたのはつい先程のこと
岩融も遠征で居ないため、他の短刀と戯れて居たところ鶴丸殿が宗近を抱き抱えて帰って来た
話を聞けば当番中に突然倒れたと聞かされたのだ
それを教えられて冷静でいろと言う方がどうかしている
兄弟であり愛しい存在である人物が倒れたのだから取り乱して当然だ



「薬研いわく、疲労ではないか…と」
「宗近っ!大丈夫でございますか?」
「…まぁ、なんとか大丈夫、だ」



耳に届いた聞きなれた、でもいつもよりも弱々しい声にハッとする
視線を向けると三日月を宿した瞳が此方に向いていた
大丈夫だと言いつつも弱々しい笑みだ



「無理させ過ぎてんじゃないか?」
「無理等…」



させていない、そう耐えようとしてピタリと言葉が止まった
ニヤニヤしているような鶴丸殿の顔
やられた
そう思った時にはもう遅くて、玩具を見つけた子供のように嬉々として絡んでくる
これは面倒なことになった

でも今から何を話しても、どう否定をしてもそれは言い訳に過ぎない上に、公定しているようなものだ



「ほー、君はどんなに無茶を三日月にさせてたんだぁー?」
「…」
「どれくらいの頻度で無茶させてたんだぁ?」

「これ鶴、小狐をからかうでない」
「…へーへー、分かりました。んじゃ彼が来たから俺はそろそろ退散するぜ?」


見かねたらしい宗近が鶴丸殿に一声掛けるとすぐに身を引いて謝る
宗近を扇いでいた団扇を押し付けられ、仕方なくそれを受けとり立ち上がった鶴丸殿を見上げると、
少し安心したような、それでいて呆れている様な

温かい笑みを浮かべていた



「あぁ、世話を掛けたな」
「君は世話を掛けるのも仕事だろう」
「…はっはっは、そうだったな」
「けど、その狐との戯れも大概にしろよ?こんな事が続いたら主だって…」

「分かっておる」
「…全く、君はその狐には特に甘いな」



ふぅと小さくため息をついて部屋を出ていく後ろ姿を見送る
パタンと音を立てて襖が合わさったのを確認して宗近の方に視線を向けると変わらず力ない笑みを浮かべていた



「…申し訳、ございませぬ」
「ん?なにがだ?」
「宗近が疲れているのにも気づかずに…」
「なに、大した事ではなかろう。疲れなど少し寝れば…」

「とれませぬ」
「…小狐?」
「少し寝ればなおるなど、過信でございまする」



もう刀身ではない
人の器は確かに己の赴くままに動かせるが、その分刀身の時は微塵も感じなかった疲労がたまる
そして受肉して間もない我らはまだその加減が分かっていない

どのくらいで疲労がたまるのか
どのくらいの休暇が必要なのか

それを理解せぬままに出陣をし、酷く傷ついて帰ってきた刀剣達を幾人も見てきた
壊れた刀剣も見た
宗近にはそうなって欲しくはない

グッと拳を握りんで俯いているとふっと小さく笑う声が聞こえ、拳をそっと包んでくる



「心配をかけたな、小狐丸」
「宗近が倒れたのは私のせいでございまする」
「ふむ…それは違うぞ」
「…違う、ともうしますと?」

「俺はお主が求めて来たから仕方なく応えていた訳ではない。
俺自身がお主とまぐわいたいと思ったからそうしたまでだ、お主が気に病むことはない」



これはお主が言ったように俺の過信だ



そう言って頭を撫でてくる優しい手
伝わる熱に生きているという事実が伝わってくる
本当に、人の体は愛しいが厄介だ
こんな時ですら欲しいと感じてしまう

グッと堪えるように俯いていると宗近が笑う声が聞こえて



「これ以上主や鶴に迷惑をかける訳にはいかん。小狐丸、お主の相手はまた今度しようぞ」




全てを見透かした様に微笑む宗近
この人には敵わない、そう改めて感じながらその体を抱き締めた
熱く脈打つ体が妙に心地よくて、擦りよると擽ったそうな声が漏れて


そうした声にまた熱を煽られながらも暗くなるまでその体を離せずにいた





.......

(おいおい、君等まだじゃれあってたのかよ)

(鶴、小狐が寝ているから静かにしておれ)

(…スー、スー)

(爆睡かよ)




得たもの

(愛しい、その感情も人の体を得え証)


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