さよなら





太陽が沈んだ頃に目を覚まし、
月が沈む頃に眠りにつく
そんな生活が僕にとって普通なり始めた頃

今日もまた一君の色っぽい吐息を耳に受けながら僕の血をあげて、
一日特にする事もなく僕が一方的に話しかけて、
何にもない、平穏過ぎて暇な時間を過ごすのだと、

そう思っていた







ガシャーン!!




「えっ…ちょ、なにっ!?」
「…」



僕も一君も食事が済んで、ソファーで一息ついていた
寛ぎの時間にピリオドを打つかの様に建物全体に響く破壊音
思わず体を大きく震わせてしまった
でも少し距離をとってソファーに腰かけていた一君は、
体をピクリとも動かす事はなく、
ただ小さく溜め息をついて僕を見た

え、今の音僕じゃないけど…



「は…一君?」
「アンタ、持ち物全てに掛けていなかったのか」



持ち物全てにって…
もしかして一君がくれた『におい消し』の事?
それなら全部に掛けた

だから言い返そうと一君の方に体を向けた時
着ていた上着のポケットに手があたる
コツンとポケットの中の物が手にあたって、
何かと思って中を漁ると携帯があって

あ…、コレ忘れてた

慌てて謝ろうとしたんだけど、それを遮る様に大きな音がしてフロアの扉が開け放たれる



「よぉ〜、斎藤っ」
「…」



ニッコリと笑みを浮かべながら入ってきた男
僕よりも少し背の高い男は、赤いその髪をサラサラと靡かせゆっくりと歩いて来た
大きく開かれた上着の胸元から見える体はしっかりとしている

一君の前に立った男は、その瞳を少し細めて嬉しそうに微笑む
まるで恋人に向けるような瞳だ



「逢いたかったぜ」
「俺は逢いたくなかった」
「つれねぇな、まぁお前はそれが通常運転か」
「…」
「愛してるぜ…斎藤っ」



そっと伸ばされた手がサラサラと一君の横髪を掬う様に撫でる
優しい表情の男に、一君は何の感情も宿さない様な瞳を向けていた

あんな表情見せられたら、関係ない筈の僕だってドキドキしちゃうのに…
そうして男は自分の腰に腕を添える様な仕草をしてから、素早く手を一君に向けた



「だから俺の為に死んでくれっ」
「なっ!?」



一君に向けられた男の手に握られていたそれ
僕が声をあげるのと同時にバンと大きな音がして、一君に向かって発泡される
発砲音に思わず閉じてしまった瞼をすぐに開けて隣を見た
そこに一君の姿は無くて、ソファーの表面には丸い穴が空いていた



「ソファー…弁償しろ」
「斎藤が避けるからだろうが」
「まだ死ぬ気はない」



一瞬の内にソファーを盾代わりにしたらしい一君は、
背もたれの後ろから姿を現して何でもないかの様に会話を続ける

えっ、そんな人に向かって急に発砲って…
あ…一君は人間じゃないか
いやでもやっぱり可笑しいでしょ
あんなに優しい目をしてたにっ…

キッと鋭い視線を向けると、男はやっと此方を向いた



「ありがとよ」
「は?」
「斎藤いっつも逃げちまうから」
「…意味分かんないんですけど」
「お前が居てくれたおかげで早く逢えたからよ」



それは僕の『におい』のせいなんだろう
一君が逃げていた相手っていうのはこの赤髪の男だったのだと、やっと分かった



「人間か、どうしたんだコイツ」
「…拾った」
「拾われてはいないと思うんですけど」
「まぁ、俺はどっちでもいいけどな」



会話を続けながらバンバンと発泡を続ける男
それを確実に避ける一君の動きは、僕には全くとらえられなかった
何もない所を打つように見えるその銃
だけど男の目は動きを追う様に動いていて、
パッと銃を打つのを止めた


「降参っ」
「…アンタが俺を狩れる訳がないであろう」



いつの間にか男の後ろに回り込んでいた一君
男の首筋に添えたその爪は普段とは違って長く尖っていて、
瞳は赤く染まっている



「アンタに頼みがある」
「ん?なんだよ?」
「総司を元の場所に返してやって欲しい」
「え?」



一君の真っ直ぐな瞳が僕の事を一度捉える
それからすぐに視線は赤毛の男へと戻された
喉元に爪先をそえたまま、紡がれる感情が感じられない言葉
だけど、その内容は僕を心配してくれているんだって感じられる



「総司は俺達の追いかけっこに巻き込まれただけだ」
「まぁな」
「あっちに連れていってやりたいが、少し体力を使いすぎるからな」
「だから俺に任せるって?」
「…アンタ、人間には手を出さんだろう」
「…分かったよ」

「え…は、一君?」



赤毛の男が頷いたのを確認すると、一君がその体から離れる
爪と瞳はもとに戻っていて、ゆっくりと此方に視線を向けた



「総司、この男についていけ。アンタを無事に送り届けてくれる筈だ」
「で…でもっ」
「総司っ」
「…」
「ハッキリ邪魔だって言ってやればいいじゃねぇか」
「え?」
「アンタは黙ってろ」



話を遮る様に紡がれた言葉
ズキンと胸が傷んで一君を見ると、無表情の彼がなんとなく困ったような顔をしている気がして、思わず俯いた

そうだ、僕のせいで一君が隠れ家にしていたこの場所がバレたんだし
これから僕がドジを踏まないとも限らない
大体、もといた場所に帰れるのなら、喜ばしい事なんだ

僕を見つめる澄んだ瞳に答えるように小さく頷く
そうしたら一君は僕のそばへと近寄って髪を撫でてくれた



「今までありがとう」
「巻き込んでしまってすまなかった」



首を左右に降って次の言葉を言おうとした時、赤毛の男の手が肩に触れる

早くしろ

と言いたいんだろう
ちょっと位待ってくれたっていいと思ったけど、
こっちはこれから世話になる身だ
下手な事は言えない



「じゃあ…ね」



またね

なんて言える訳もなくて、
短く別れの言葉を口にした
後ろ髪を引かれる思いで赤毛の男について行く


だだっ広い部屋に一君を一人残して、
僕はそこを後にした





さよなら

(どうして胸が痛むんだろう)



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