過去





一君の方から話してくれるまで、何も聞かない

そう決めてからどれくらいの時間がたっただろう
いつの間にか月が低い位置に居て、星々の輝きは弱くなっていた
地平線が朝焼けで染まり始めた頃
ようやく一君が唇を動くした



「…すまなかった」



これはきっと黙っていたことに対してなんだろうな
でも、一君が何か隠していた事は始めから解っていたし、
それでも何も聞かないと決めたのは僕だから
首を振って答えると、
少しだけ安心したような顔をした



「アンタに話すのも、自ら口にするのも怖かった」
「怖がられると思ったから?」
「あぁ、それに、言葉にすることでまたあの時の映像がっ…」



そこまで言うとまた一君の体が震えだす
話ぶりからすると、風間の言った言葉を肯定するものだけど、
僕には納得出来なかった
『家族ごっこを楽しんだ末、殺した』
のだったら、多分僕はとっくに殺されてる
一君は殺すどころか左之さんから助けてくれたんだ
そんな一君がそこまでの事をするとは思えない

昔から感情表現が苦手、感情を理解できていないとするのなら、
怒りに任せて殺した
なんて事もないだろう

ぐるぐると思考を巡らせている僕に気づいたのか、
一君は遠慮がちに唇を開いた



「…随分昔、人間の女を拾った。風間の餌になっていたらしい女」
「風間の所から逃げて来たってこと?」
「多分な」
「その時、彼女を拾ったのは気紛れだった。
今考えると誰かに一緒に居て貰いたかったのかもしれんな…」



それから一君は懐かしむ様な瞳でその子の事を話してくれた
僕と同じでお喋りさんだった事
笑顔が温かかった事
その子に無理矢理外に連れ出された事や
そうしているうちに彼女とずっと一緒に居たいと思った事
チクリと胸が痛んだけれど、彼女の事を話す一君は優しい顔で
やっぱり、風間が言っているのは本当じゃないのだと、そう思えた

だけど、ひとしきり彼女の話をすると、綺麗な唇は動かなくなった
小刻みに震える形のいいそこに、本当の事を話してくれるのだと分かった



「でも、俺は…アイツを殺したのだ。救いを求めるアイツを、斬り刻み、
その血を…啜った」
「…」
「…俺の瞳が赤くなる所は幾度となく見ているであろう?」
「うん」



赤い瞳
それが何か関係しているのか
だけど、僕は何度も見てきたけど、危ない目にはあった事がない
頷いて返事をかえし、続く言葉を待つ



「あの瞬間は吸血鬼の力を解放しているのだ。そして、髪が白くなると力が全て解放される」
「…白、く」



一度だけ見た事がある
左之さんから僕を
助けてくれた時
真っ白い髪に赤い瞳
それが吸血鬼としての一君の本当の姿なんだ、



「力を解放すれば当然強くなる。速さも、力も…格段に上がる。だが…」
「?」
「異常に血が欲しくなるのだ。吸血鬼としての本能が、強くなる。
風間がアイツを連れ戻しに来た時、俺はあの姿になって、風間に抗った。
だが、結果理性が崩れ、俺は自分の手で…アイツ、を…」



喰らった



ずしんと、重たいものが心にのし掛かってきた

愛すべき人をを守ろうと使った力で、その人を殺してしまった
どんなに残酷な事実だろう
一君は長い間独りで戦ったんだ
何度も自分を責め立てだろう

一君が僕に向けていた、寂しで苦しそうな瞳
それはきっと彼女の事を思い出すから
瞳に潜む戸惑った様な怯えた様な色は、
きっとまた同じ事をしてしまうんじゃないかって感じていたのかもしれない

唇が動かない
慰めるにはあまりにも重たすぎる事実で
好きな人を自分の手で殺してしまったなんて、当然僕には経験なんか無くて
そんな僕が、彼の心を支えてあげられる言葉なんか言える訳無くて

目頭が熱くなるのを感じながら、ただそのひんやりとした体を抱き締めた

ビクンと大きく震えた体
きっと同じ事をおこしてしまいそうで怖いのだろう
そう分かっても、抱きしめずには居られなかった



「話してくれて…、ありが、とう」
「…俺が、怖くないのか?」
「怖くなんかないよ。一君は何度も僕を助けてくれたじゃない」



ギュッと抱きしめる腕に力を入れて答えてあげる
そうすると遠慮がちに背中へとまわってきた腕が、僕を優しく包んだ
壊れ物を扱う様に、恐る恐る抱きしめてきた腕

やっと、一君との壁が無くなった様に思えた

僕には何もしてあげられない事
きっとこれからもずっと一君の心を痛め付ける事

だけど、それでも、聞けて良かった
そう思えた
そうして、胸につかえていたものがスッと無くなっているのに気付く

大丈夫、怖くない
一君の事が好きだから、傍に居たいと思うから
迷いはない

そう思えて、一君の唇に自分のそれを重ねた
驚きの色を映す綺麗な瞳
重ねるだけのキスをして、胸に顔を埋める



「好きだよ。君が、好き」
「そ…うじ」
「大丈夫だよ、僕、きっとその子より丈夫だから。
だから…一君の傍に居てもいいよね」

「共に…居てくれる、のか?」
「言ったじゃない、傍に居るって。ずっと…居させてよ」
「…総司、俺も…俺もアンタを好いているのかもしれない」



僕の頭の後ろに手を添えて、すく様に優しく撫でてくる
『かもしれない』
なんて、なんて曖昧な愛の言葉なんだ
フッと、思わず吹き出すと、一君は不思議そうな顔で僕を見つめていた


「総司?」
「ううん、何でもない」



『好き』っていう感情も、これから僕が教えてあげる
もう君の傍を離れたいなんて思わないだろうから

過去

(胸を締め付ける記憶)



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