足りないモノ





拝啓父さん
突然ですが、2DKの僕の部屋は少々手狭になってしまいました
理由は…言うまでもないだろうけど





「総司、朝飯は…」
「流し台の側の戸棚」
「…カップ麺、か」
「嫌なら自分でなんとかしてよね」



不満そうにカップ麺を見つめる彼は斎藤一君、18歳
近くの男子公に通っているらしい
昨日の夜、突然僕の所に押しかけて来て手紙を渡してきた
彼の、そして僕の父でもある人からの手紙

父さんの話によれば斎藤君は腹違いの兄弟
つまり僕の弟らしい
僕が自律した後、昔の愛人(所謂不倫相手)と再会
その女には父さんとの間に出来た息子、斎藤君が居た
運命の再会だとばかりに二人は結婚
海外に渡るという
だけど彼、斎藤君は今のまま高校に通いたいと申し出て
それならと僕に白羽の矢が立ち

今に至る訳だ



「本当何で僕がこんな目に…」
「だから、アンタが兄だからだ」



カップ麺にお湯をそそいだらしい斎藤君は部屋にもどって来て慣れた仕草で散らばっていたクッションを足で寄せた
ローテーブルに置かれたカップ麺
一つは僕の前にあった
横目で彼を見ても特になんの反応も無く割り箸を蓋の上に置いて時計を見ている



「ねぇ」
「…なんだ」
「苗字」

「母の旧姓だ。親が結婚したからといって俺まで変えなくてはいけない訳ではない」

「…そっか」
「学校での手続きとか面倒だからな」
「あー、ジャージの名前とか?」
「あぁ、時間が掛かるし先生方が呼び間違いを気にする」
「確かにね、暫くはじぶんでもまちがうだろうし」

「それに苗字の違いなんてたいした事はない。苗字が田中でも、名が太郎でも俺は俺だ」



…しっかりした子だなぁ
僕が高校生の時なんかどうやってズル休みするかしか考えてなかったのに

カチッと時計の秒針が十二を指すと斎藤君は割り箸を退かして蓋を外した
僕も同じ様にして蓋を開け麺を啜る
擦れる湯気の向こうの斎藤君は眉を寄せて居て



「…体に悪い味がする」
「斎藤君さ、ホント可愛くないよね」



いきなり現れて『弟だ、今日からここで暮らす』と言い出した割には文句を言う彼
それ僕のあげてるんですけど嫌なら食うなっての
一瞬でも本当はしっかりした良い子なんじゃないかと思って損した

イライラしながら麺を啜る僕をパチパチ瞬きを繰り返しながら見る斎藤
何、今度はなんなのさ



「総司」
「なにさ」
「それやめないか?」
「なにが?」
「『斎藤君』って…俺達一応兄弟だろう?」
「…」



そう言われてみればそうかもしれない
カップ麺をテーブルに置いてモグモグと口を動かしながら考える
苗字がダメなら…



「…一君?」
「…なんだ?」



僕の呼び掛けでこの家にきて初めて満足したらしい一君は軽く頬を緩ませながら返事をしてくれた

あぁ、やっぱり
一君は綺麗だからこういう顔の方が良いんじゃないかな
そう思いながら恥ずかしさを隠す様に残っていた麺を流し込んだ

そう言えば一君って父さんにはあまり似てないよね目元は、ちょっと似てるけど…
髪、サラサラしてそう

僕の視線に気付いたらしい一君はカップ麺と箸をテーブルに置いてこちらを真っ直ぐ見つめてきた



「総司」
「な…なに」
「それ…汚れてしまっているが、いいのか?」
「え?…っ、よくない!!」
「…やはりか」
「気付いてたならもっと早く言ってよ!」
「あらかじめ退かしておかないアンタが悪い」

「っ、もっと愛想って言うモノを勉強した方が良いんじゃないかな、一君は」

「総司こそもう少し注意力を身につけた方がいい」



嫌味たっぷりに笑って見せても一君はシレッとした顔でそう言ってカラになった二つのカップ麺と割り箸を持ってキッチンの方へ消えていった

僕はというと怒りでワナワナと震えながらも汚してしまった教室に飾るスイカを作り直すべく

画用紙に向き合うのだった

足りないモノ

(本当、可愛くないんだから)



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