放課後ラブストーリー





「アンタ、結局まともに起きていた授業がなかったではないか」



校内はもう人はまばらにしか居なくてたまにクラスの前を通ると教室に残っていたらしい生徒達のゲラゲラと笑う声が聞こえる
その声をバックに話しかけると総司は大した事ではないかの様に答えた



「起きてたよ」
「いや、寝ていた」
「起きてたよ、ちゃんと授業は聞こえてたから」
「目を閉じている時点で寝ている」
「厳しいなー、瞬き位するじゃない?」

「あれが瞬きなのだとすればアンタの動きはまるでコマ送りだな」
「コマ送りって…変わった表現の仕方するね、一君」
「…褒めた所で何も出んぞ」
「今の言葉を褒め言葉として受け取る君は凄いよ、お見それしました」



さも関心しているかの様に言ってはいたが総司は楽しそうに頬を緩めていて、俺が真面目に話しているにも関わらずサラッと受け流すのは昔から変わらない
これ以上の説教はした所で無駄であるし、第一に聞き手である総司がこのように受け流してしまっていては最早説教にもならない
一度ため息をついてから口を紡ぐと満足そうな顔で笑った

シンと静かになった廊下を2人並んで歩く
外からは部活に励んでいる生徒達の声が聞こえてきた



「ここが実験室だ」
「へぇ、結構広いんだね」
「そうか?普通だと思うが」
「前の学校よりかなり広いよ」



実験台も兼ねた4人で使える大きめの机に軽く寄り掛かりながら窓際に綺麗に並んだ試験管を指先で突ついてから2本の指で挟んで持ち上げる総司
太陽に向かってそれを翳して傾けてはキラキラと光らせた

科学関係が好きなのか?
そんな事を考えている俺の内心を読みとったとでも言うかの様に総司は口を開いた



「僕ね、理系昔からあまり好きじゃないんだ」
「そう、なのか」
「生物とか物理ならまだいいんだけどさ、科学は調合とかするじゃない?なんかそれがどうもダメなんだよね」

「ダメ、とは」
「いや、自分でも理由はよく分からないんだけど、何となく嫌なんだよね。本能的な部分で」
「本能…」

「薬品を混ぜてる姿とか見るとドキッとするの。混ぜた結果液体が赤くなったりしたらもうダメ、心臓の奥を鷲掴みされた様な感覚になるんだよね」


薬品を混ぜる…赤…
まさか若変水か?

何度か試験管を何度か傾けた後、そっと元あった場所にそれを戻して振り返る



「だから、科学の時は余計寝ちゃうかもね」
「…1番迷惑な部類の人間だな」
「実験の時に寝てるとか邪魔すぎるよね」
「あぁ」
「じゃあサボろうかな」
「それは許さん」
「それ僕に起きてろって言ってるでしょ?」



クスクスと笑いながらもう飽きたというかの様に実験室を出る
スタスタと廊下を歩いて行ってしまう総司の背中を追いかけた
校内を知らん奴が先に行ってどうするんだ
自由奔放な姿に呆れつつも総司の隣に並ぶべく早足で歩く

開け放たれたままだった窓から冷んやりとした空気が入り込んだ
寒さで小さく体を震わせると総司は突然ピタっと足を止めて振り返って手招きをした



「一君、こっち…おいで?」
「なっ…なんだ急に」
「いいから」



言われた通り総司の側に寄ると『もっとだよ』と腕を引っ張られ抱き締められた
総司の腕が背中に回る
あまりにも突然の出来事に頭が追いつかない
俺は…総司の腕の中に居るのか?
恋い慕う、総司の腕の中に



「そっ…、総司」
「ちょっとだけ、だから」



何とか声をかけようとした時、総司は唐突に右肩に下げていた薄っぺらい鞄を開け放たれた窓に向けた
何をして居るのだと思った瞬間バンッと鈍い音がして何かが弾む音がする
床に目を向けると硬式の野球ボールが転がっていた

ハッとして総司を見上げると総司はもうそのボールを拾い上げて
窓の外に向かって投げていた
『スミマセン!』と此方に声を掛ける生徒に大丈夫だと手を振って笑った

まだ真新しい鞄の側面には丸いボールの跡が茶色くついていた



「すまんっ」
「何で一君が謝るのさ」
「…汚れてしまった」
「どうせすぐ汚れるんだからいいよ、それより次、何処案内してくれるの?」



ポンポンと鞄を叩いてから何でもない様にそう言ってまた俺の前を歩いて行ってしまう
抱き締められた時に腕を回された場所が熱い
翡翠色の瞳がガラス玉の様に綺麗で昔の俺はいつもあの瞳に真っ直ぐ見つめられて居たのだと思うとどうし様もなく胸が熱くなった

ドキンドキンと煩い位に存在を主張してくる自身の心臓に手を当て暫くの間、総司の顔を見る事が出来なかった


窓の外からはまだ部活に励む声が響いていた






放課後ラブストーリー

(それは俺からアンタへの片道切符)








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