約束の彼方





「やはり綺麗だな」


風情ある京の都
かつて新選組が屯所として使っていたこの場所も所々に当時の面影を残していた
いつだったかに皆で花見をした桜の木もあの頃よりも力強く咲きほこっている
瞳を閉じればすぐそこに楽し気な騒がしい声が聞こえてきそうだ

本当なら総司や平助、土方先生と共にこの近辺で花見をしたかったが花見の話を持ち出した翌日、誘いを断られ、そしてその翌日からは面会謝絶の札がずっと出されていた
最初は総司も満更でも無さそうだったのだが…


「俺が何かしてしまったのだろうか」



ポツリと呟いても答えなど返ってくる筈もなく、青空の下、鳥達の囀りだけが響いていた
こうして居るとあの頃の事が蘇ってくる
間者として伊藤一派のもとに行く事になり新選組を暫く離れる決心をした時
確かあの時も



「こうして桜が…」

「あれ、一君じゃない」



桜を見上げ思い起こしていると不意に知った声が掛かる
ハッとして振り返るとあの頃と同じ悪戯っ子の様な笑みを浮かべた総司が居た



「そっ…総司」
「あーぁ、こんなに咲きほこっちゃって、死に急いでるみたいじゃない」



もっとのんびり咲けば良いのにね、と言いつつ枝先に手を添える総司の目は何処か優し気で穏やかに見えた
思わず見惚れてしまって居た俺の傍に笑みを浮かべながら寄る総司
思いもよらなかった人物の登場に俺の頭は現実について行けなかった



「な、んで…アンタが」
「何でって…約束したじゃない」
「約束?」
「そう…約束」
「っ!!」
「週末、お花見しようって」
「…あ、ぁ」



花見の約束か
それもそうか、総司はむかしの事は覚えてないのだから
あの約束の訳がない
少し俯いてしまいつつも総司にいらぬ心配を掛けぬよう、ゆっくりと顔をあげた時だった



「あと、生まれ変わったら…迎えに行くって」
「え…」
「皆とお花見をしたあの桜の下でって…
約束したじゃない」
「そ…うじ?」
「ん?」
「アンタ…思い、だ…して」

「…遅くなってごめんね一君、ただいまっ」
「っ…!!」



だからアンタはそうして笑ってくれているのだな
あの時と同じ、温かい、俺を安心させてくれる笑み
泣き崩れそうになる俺の体をしっかりと支えてくれる腕
伝わる温もり
全部全部、俺が愛した『総司』だと
俺を想ってくれた『総司』だと言ってくれている様な気がした

でも、総司はいつ全てを思い出したんだ?
もしかしたら俺はまたしてもアンタが辛い時



「…一緒に居てやれなかったのだな」


「違うよ、一君。僕はね、お花見の話を持ち出された時には思い出してた」
「なら何故っ」
「面会謝絶かって?」
「あぁ…」

「謝ってたんだ、近藤さんや新選組の皆に。
忘れて、ごめんなさいって…誰にも、邪魔されたくなかった」

「総司…」



やっぱり俺は一緒に居てやれなかったんだ
独りで乗り越えたんだろう?
近藤さんの死も
布団で最期を迎えた悔しさも
全て忘れてしまった後悔も

潤みだした瞳が総司にバレてしまわない様俺は懸命に耐えた
今一番泣きたいのは総司なんだ



「それにね一君、一君は僕が苦しむからって昔の事は一切口にしなったみたいだけど、僕はもっと早くに思い出したかった」

「な…」



思ってもいなかった言葉に目を見開く
何故だ
現実は総司を深く傷付ける
きっと『役立たずな自分』を攻める
あの頃の『総司』がそうだった様に…

総司は混乱して言葉を失う俺の頬に手を添えて、飽きれた様に一度溜め息をついてから強く抱きしめてくれた



「辛かっただけじゃないよ。あの時代は、新選組は…」






僕と一君を巡り合わせてくれたじゃない






ドクンと脈打つ心臓
ゆっくりと見上げれば総司はふっと笑って唇を重ねてくれた
思わず見開いた瞳に伊藤一派と共に新選組を出た日と全く同じ
青空と、桜と総司の栗色の髪が見えた




『いくら一君でも新選組を、土方さんを
裏切ったら…殺すから』




あの日、何かを感じたらしい『総司』は俺をきつく抱きしめて唇を重ねてから
俺の為に近藤さんではなく土方さんと言い換えてそう言ってくれた



『総司』との記憶が駆け巡るように俺の中を渦巻いて、苦しくて、でもそれ以上に愛おしくて仕方なかった

随分昔の約束がやっと果たされた
ずっと待って居て良かったと
力の抜けた腕をやっとの思いで総司の背中に回し



「っ、そ…じ、ずっと、ずっと待っていた、おかえり」

「う、ん…ただいま一君、愛してるよ」



恐らくもう涙でグチャグチャであろう顔でそう言葉を交わすともう一度お互いの唇を重ねて今度は深い口付けをした

風で舞う花弁に桜も泣いてくれているのだとすら思えた



新年度前日
俺の沖田総司への長らくの片想いは
こうして幕を閉じた







『願わくばまた
桜の木下でふたり』






約束の彼方

(想いは朽ちちずに)



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