桜の地図





「総司、調子はどうだ?」
「まぁまぁかな」



まだ寒い日もたまにあるけどここ暫くで大分暖かくなって来た
一君の格好も次第に軽装備になってきて見慣れた黒のコートと白のマフラーはもう無かった

あのマフラー似合ってたのに…

『一君』の襟巻きを見慣れたせいか一君が首に何も巻いてないと違和感すら覚える様になっていた
『一君』が夏でも絶対に襟巻きを取らなかったのは少なからず『沖田総司』の影響があったんだと思う
いつかの『巡察』の時に見た紅い痕

不意に視線を動かすと丁度一君が鞄を置いて丸椅子に腰掛けている所で白く滑らかな首筋が目に入った

気持ちが分からない、事もない

そう思っちゃう僕はもう末期かもしれない

そんな事を考えて居ると一君と目があって不思議そうにしながら瞬きをくり返す彼
首を左右に振って答えると彼の方は縦に振って応じた
お互いに何も喋らない会話が何故か無性に可笑しくて僕達はどちらからという事もなく笑った



「もう春だね」
「あぁ、今週末は花見日和らしい」
「へぇ、花見なんて暫くしてないな」

「総司も金曜日には退院だろう?退院祝いに皆で花見でもするか?」

「あ、いいねそれ。でも土方先生は呼ばないでよね」
「何故だ?」
「口煩いから」

「今回の事で土方先生にどれだけ迷惑をかけたと…」
「あー、はいはい、分かったよ。一君のお説教は嫌い」
「好き嫌いの問題では…」
「長いんだもん」



僕の手に言葉に呆れ顔で溜息をついた一君だけど今から週末の事を考えているのかその横顔は楽し気で僕もつられて笑った
窓から吹き込んでくる春風が優しく髪を撫でる
新しい季節の到来に胸が高鳴った



「皆で花見か…久しいな」
「一君も暫くしてなかったの?」
「あぁ、それにあの頃はまだ近藤さん達も…」



…あれ、近藤さんって…誰、だっけ?



懐かしそうに笑う一君
今なら全部理解出来そうなのに何かが体の中でそれを引き止めているような気がした
力を振り絞る様に握った手の上にはらりと舞い降りた花弁
病棟の側の桜の花弁が飛んできたのだろうそれに気付いたらしい一君も窓の外に視線をやる

風に乗って運ばれてくる花弁
少し寂しさを纏った、でも穏やかな一君の横顔
胸の中で何かが弾けた様な気がした
白い布団に淡いピンク色の花弁が妙に良く映えて
食い入る様に見つめた




「あぁ、そうだったね」



僕はどうして忘れてしまったんだろう
こんなにも大切な人の事





ごめんなさい


近藤さん






桜の地図

(薄情な僕を許して下さい)



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