大切なモノ





「嫌だな、君と、サヨナラ…したくない。一君…独りに、しちゃって…ごめっ」

『総司っ、俺も…、俺もアンタと離れたくないっ』

「愛して…る」
『っ…』

「もしも、生まれ変わ…たら必ず、君を…迎えに、行くよ。だから…あの、場所…で」

『分かって、いるっ。アンタを信じて、待ってる…ずっと待っているっ』



また、君を泣かせてしまっている

僕の大好きだったサラサラの長い髪はもう短くなっていて時の流れを感じた

頬を流れる雫を手を伸ばして拭ってあげる
その手に自分の手をかさねた君はまた泣いた



「はじめ、く…笑っ、て…」
『っ…総司、ずっと…ずっと愛して、いる』



君の泣き笑いを最後に僕は重い瞼を閉じた
体はピクリとも動かないのに君が声をあげて泣き続ける声がする聞こえて
涙も流さず声もあげないまま
僕は心で泣いた






心配だった
本当は泣き虫な君を独りにするのが


怖かった
君ともう逢えなくなってしまうのが



だから約束をした
生まれ変わったらまた一緒にと
迎えに行くと

ただ僕は大切にしまった宝箱の中に『あの場所』への地図を置いて来てしまったらしくて
僕はとうとう最後まで約束の場所が何処なのか分からなかった








目を覚ますと病室には誰も居なかった
姿がないだけなのに一君と引き裂かれてしまった様に思えて泣けた
僕の涙腺はここ暫くでだいぶ緩くなってしまったらしい
独りぼっちの病室でさっき泣けなかった分
溜め込んでいた涙が零れ落ちた




泣きつかれて時計を見るともう夕刻でそろそろ一君が帰ってくる

僕が入院中してすぐに学校は三学期に突入した
そしてあと少しで新年度を迎える
僕の手に体調もだいぶ良くなって4月から一君や平助と一緒にまた学校に通る事になった



「学校か…一君や平助、土方先生と一緒に居る時間が増えればちゃんと全部分かるかな」



幕末の夢を見るようになってから僕は少しずつ、でも確実に『沖田総司』の記憶を思い出していった
湧き水の様に溢れてくる記憶の一滴一滴
僕の体そそがれる度、手足の先まで染み渡る様に伝わっていく当時の想い

愛おしさ、切なさ、無力さ、怒り

どうして彼の生涯を僕が夢に見るのかは分からないけれど、いつか全てを理解出来る
きっと一君の涙の意味も

そしてその時、僕と一君の間の何かが変わる
もしそれが悪いモノだとしても『一君』の言う『変わって然る可きモノ』なんだ

小刻みに震える手を強く握り締める
怖くなんかない
これで一君を泣かせなくてすむんだ
自分に言い聞かせる様に何度も繰り返した



「大丈夫、全部理解して今度は僕から言うんだ」



嘘偽りのない
素直な気持ちをきちんと伝える
そしたら一君はきっと彼らしい真っ直ぐな瞳で応えてくれるんだ

トクントクンと脈打つ心臓

労咳で逝った『沖田総司』は結果的に『一君』を独りにしてしまったけれど
僕はまだ死なない
一君を独りになんてしない

もう泣かせたりなんかしない

『沖田総司』が『一君』にしてあげられなかった事を
僕が一君にしてあげたい
沢山、沢山、してあげたいから



ほんの少しだけ温かな、幸せな気持ちに浸る僕の心の中で
もう一つの大切なモノが忘れ去られている事に悲鳴を上げていたのに

この時の僕にはまだ聞こえてなかった




あんなにも大切なモノだったのに







大切なモノ

(一人に一つなんて誰が決めたの)



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