あああ、と、ラスカは特に意味を持たない唸り声をあげた。最近ラスカの頭を悩ませるのは、姉のナマエのことだ。部屋に引きこもったまま出て来ない姉のことを、ラスカは心配していた。
 出て来ないと言っても、全く外に出ない訳ではない。食事はきちんと摂っているようだし、入浴もしているようだ。それに最近は、雪遊びをして全身を濡らして帰ってきたこともある。ナマエは楽しそうに、毎日を過ごしているようだった。
 しかし問題は、その「ナマエの楽しそうな様子」であった。誰が見ても異常だと言うだろうナマエの様子に、ラスカも例外でなく不安を覚えた。

「そんなにため息ばっかついても、ナマエは変わんねえだよ、ラスカ」
「だってミシュアねえちゃん……、ナマエねえちゃんは、前はあんなじゃなかったはずなのに」
「本当に、何であんなことになっちまっただか」

 ラスカのため息を注意したミシュア本人が、はーと長いため息をつきながら毛先をいじる。黒い髪の毛は、蝋燭の灯りを受けて鈍く輝いた。
 ラスカがナマエの異変に気がついてから、もう結構な時間が経つ。ナマエが食事を運ぶときに、二人分のものがトレイに乗っているのを見つけたのがきっかけだった。そしてナマエを注視するうちに、食事だけではなくタオルやその他の生活用品まで、きっちり二人分が減っていることに気がついたのだ。

「ナマエねえちゃん、『ミシュアと遊んだ』って言ってたんだ」
「もうずっとナマエには会ってねえなあ」
「だよなあ……」

 なら一体誰と、と考えを巡らせても、その答えは一向に出ないままだ。ラスカはナマエが他人といるのを見た記憶すらない。ナマエの部屋に近づいてみても、聞こえるのはナマエ一人が楽しそうに話す声だけだ。
 しかしラスカは、ナマエの隣にいるのが自分の知っている人間な気がするのだ。何となく、ただ漠然もそう思うだけだけれども。ずっしりと頭を悩ませる問題に、ラスカはもう一つ大きなため息をこぼすほかはなかった。




「今日は何しよっか、ミシュア」

 朝食を済ませたナマエは、窓際へ振り返った。白い地面を見降ろせるように二つ並べて置かれた椅子がそこにある。静寂に包まれた部屋の中で、少し間を置くとナマエは「じゃあ、そうしよう」と笑顔を見せる。
 肌寒かったのか、ナマエは上着を一枚羽織る。クローゼットからもう一枚カーディガンを取り出すと、ナマエは左側に置かれた椅子へと歩み寄った。

「ミシュアは寒くない? ……ほんと? 大丈夫? 寒くなったら、いつでも言ってね」

 誰も掛けていない椅子に向かってそう言うと、ナマエは手に持ったカーディガンを自分のベッドへ放り投げた。そして今度こそ、自分の使う方の椅子へ腰掛けた。

「あのね、ミシュア、ありがとうね。……えっ? そんなことないよ、いつも思ってるもん。わたしはミシュアのおかげで、毎日楽しいの。だから本当に、ありがとう」

 ナマエの視線は、何もない空間を抜けて壁へと突き当たる。穏やかに笑うナマエの瞳には何も映っていないが、確かに『何か』を捉えていた。
 うふふ、とひとり笑うナマエのすぐ側で、雪は静かに降り積もっていく。
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