すっかり風邪も治って、元気が完全復活を遂げた頃。わたしとミシュアは、いつもと同じように窓辺で外を眺めていた。いくつもの白が、窓の向こうの暗がりをおりていく。
雪がしんしんと降り積もっていく光景も、すっかり見慣れたものになってしまった。あの日につけた足跡は、新しく着地した雪たちに埋もれて、もう見えない。それがちょっぴり寂しいなと、ぼんやり考えていた。
「明日は何をしよっか」
「ナマエ。まだあまり無理をするのは……」
「えー、だめ? また雪遊びとかしたら、ミシュア怒るかな」
「ナマエ……!」
「だって、はじめてなんだよ。こんなに楽しいの……」
「………」
俯いたわたしの頭を、ミシュアがゆっくりと撫でた。温かみのあるミシュアの手は、わたしを底なしに安心させる。すき、だなあ。
「ナマエ、外では遊べないけれど、代わりのことをしましょう?」
「代わりのこと?」
「そうね……例えば、歌を歌ったりとか」
「歌かあ……」
そういえば、ミシュアが何かを口ずさんでいたりするのは見たことがない。記憶がないって言っていたから、たとえ知っている歌があっても忘れてしまっているのかも。それなら、わたしがたくさん教えてあげよう。
「メルサンディにはね、いろんな歌があるよ」
「どんな歌があるの? 聞きたい」
「例えばね、小さな英雄の歌」
メルサンディっ子ならみんな知っている、ザンクローネ様を讃える歌。わたしは歌わなくなって久しいけれど、ラスカが年中歌っているから記憶は褪せていない。
わたしが最後まで歌い終わると、ミシュアはぱちぱちと手を叩いた。
「素敵。歌にもお話にも残されていて、ザンクローネ様はとても素晴らしい人なのね」
「うん。この前ミシュアを助けてくれたし、すてきな英雄」
「そうね……あの人がいる限り、このメルサンディは安泰ね」
ふふふ、と笑うミシュアにつられてわたしも笑った。
そう、突然現れた手の化け物にミシュアを攫われたときは、本当に気が気じゃなかったのだ。もうミシュアが帰ってこないような気までして、追いかけていったラスカが死んでしまわないか不安で。でもミシュアもラスカも、わたしのそばに帰ってきてくれた。ショックでよく覚えていないけれど、と言ったミシュアは、わたしの良く知った、あのちょっと困ったような笑顔を浮かべていた。それでわたしは、ああミシュアが帰ってきたって、そう思ったんだった。
――なんだろう、この、ちょっと記憶が綻んでいるような感覚は。
「おーい、ナマエねえちゃん! ミシュアねえちゃんが呼んでるぞー!」
一階の方から、ラスカがわたしを呼ぶ声がする。ラスカは最近変だ。あんなにミシュアにくっついていたのに、最近は寄ってくることさえない。
ミシュアの方に視線を向けると、ミシュアはにこにこ笑っていた。
「他には、メルサンディに伝わる歌はあるの? あるなら聞いてみたいわ」
「いいよ、じゃあ次はね……」
ミシュアの笑顔を見ると、自分の気に留めていたことなんてどうでもよくなる。今回のことだって、ミシュアが生きて帰ってきたのだからそれでいいじゃないと、わたしの中のわたしがそう、語りかけてくる。そうだよね、今わたしの目の前にいるミシュアが、わたしの家族で、わたしの全部だ。
ねえ、ミシュア。わたしのそばを離れないでね。そう語りかける。
――もちろんよ、と、ミシュアは笑った。