*夢主=故人、出てきません
*男同士(?)が抱き合う(?)所があります(夢小説とは)
制限がかけられていた記憶メモリが解放されて、一番はじめの夜に見た夢。そこへ出てきたのはパパとママと、それから、ナマエ姉さんだった。
未来、人類がまだ平和に暮らしていた頃の僕たち家族は、他のところと同じように暖かで穏やかな暮らしを享受していた。僕はよくパパとママと姉さんと一緒に出かけたり遊んだりしたし、手を繋ぐことも抱きしめてもらうこともよくあった。夢に出てきた僕の大好きな家族は、かつて僕のオリジナルにそうしたように僕を抱きしめた。嬉しくて抱きしめ返そうとして、腕を回したところではっと目が覚めて、僕は幸せな光景がすべて幻であったことを悟る。
――最悪の目覚めだ、なんて、すっかり明るくなった空を窓から見つめながら、僕はため息をついた。幸福が永遠には続かないことを僕はよく知っているから、あの夢の光景のあと、家族がどうなったかを僕は何度も何度も繰り返し頭の中で描いてしまう。目の前にやってきた機皇帝が僕のパパを、ママを、ナマエ姉さんを――。頭を勢いよく振って、幻影を振り切る。
愛してくれる者がいなくなった絶望。今の僕を構成するのは、そういうものだ。パパ、ママ、ナマエ姉さん。僕に愛を注いでくれた人たちの、僕の手を握ってくれたあの温度がとても懐かしくて、僕の思考回路を満たすと同時にひどく苦しめる。その温度がもう二度と得られないものだと、僕は知っているから。
僕は鏡の前に立った。そして目を閉じて、念じる。取り付けた仮面から鈍いひかりが漏れ出して、次いで細かい光の粒子が僕の体を包み込んでいく。この特殊能力をくれた創造主に、僕はただただ感謝した。
僕が目を開けたとき、僕は脳裏に描いた姿に――ナマエ姉さんに――なっていた。僕のものよりすこし短い、けれど同年代の女の子に比べればじゅうぶん長い髪の毛。平均よりわずかに高い身長は、僕より頭ひとつぶん大きかった。手のひらは僕と同じくらいで、足の大きさもさほど変わらない。懐かしい、大好きな僕の姉さん。ナマエ姉さんがあの日のまま、ゆったりと笑って鏡の向こう側に現れた。僕は姉さんに触れたくて、思わず鏡面に触れる。鏡の向こうの姉さんも同じように、こちらへ向かって手を伸ばした。「ひさしぶりだね」、姉さんの声で僕のオリジナルの名を呼ぶと、かっと目元が熱くなる。姉さん、姉さん。
そうしてどれくらい経ったときだろう、不意に後ろからかけられた声があった。
「誰だ、貴様そこで何をしている」
振り返るまでもなく、それはプラシドの声だった。
僕は自分をつくる絶望を認識するたび、プラシドのことを殴りたくなる。プラシドはパパやママやナマエ姉さんが死んだことよりも、血の繋がりも何もない、僕や家族の知らない女が死んだことを絶望だなんて言うから。だからもう、きっとプラシドはナマエ姉さんのことなど覚えていやしないのだと、後ろから掛けられた言葉はそういうことなのだと思った。
そんなプラシドに、僕はもったいつけて振り返る。眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいたプラシドが、はっとした表情に変わった。
「………」
「ひさしぶり。私のこと、覚えてる?」
「ねえ、さん」。プラシドが捻り出した声はがたがたに震えていて、こいつは動揺している、とすぐに分かった。しばらく呆然と立ち尽くしていたと思ったら、プラシドは弾かれたようにこちらへと距離を詰める。
視界を埋めた白は、プラシドの纏う装束の色。僕はプラシドに抱き締められていた。
「………」
普段なら気色悪いと蹴り飛ばすところだ。けれど僕はいまナマエ姉さんの姿かたちをしていて、そのお陰でプラシドの中でもナマエ姉さんがまだ死んでいないということを確認できたような気がして、何も言わないことにした。時が止まってしまったから、プラシドよりも子供のままだけれど、ナマエ姉さんは永遠に僕たちの中で、姉さんのままだ。ナマエ姉さんがまだ僕たちの記憶に深く刻み付けられていること、それが僕には嬉しかった。
やがてプラシドは僕の身体を離す。僕が振り返ってやる前と同じ、眉間に皺が寄っていた。
「……。趣味が悪いぞ、ルチアーノ」
「なぁんだ、気づいたんだ。けどそっくりだっただろ? 僕たちの姉さんに……」
「いくら真似たところで所詮はまやかし。機械の体温は誤魔化せん」
「……、ま、そりゃそーだろうね」
僕たちの身体は冷たい。金属由来の冷えた手は、形が姉さんのものになったところで暖かなものになるわけではないのだ。あのときの温度。それは僕がいちばん欲しかったものなのだけれど、どうやらそれを得ることは許されないらしい。
プラシドは一瞬こそ取り乱したけれど、結局は冷静なままだった。姉さんのことを忘れたわけではなくても、思い出は時の磨耗に勝てないということか。それはホセも同じことなのだろう。本当に、あいつらみたいになるかと思うと歳なんて取りたくない。
まだ姉さんの姿のままの僕を一瞥して、プラシドは背を向けた。ヒールの音を鳴らしてプラシドがいなくなると、僕はその場にずるずると座り込んで、両手を見つめ、そっと自分の肩を抱く。
ずっとこうされたかった。ナマエ姉さんに、パパに、ママに、記憶に残るのと同じように抱き締めてもらいたかった。変身をして、声色を真似て、ナマエ姉さんそのものになったとしても、僕は姉さんになれない。僕が持つ温度が邪魔をする。
どうしたら僕は満たされるのだろう。どうしたらあの最悪な未来の記憶から逃れられるのだろう。どうしたら、幸せな未来に行けるのだろう。考えても考えても分からなくて、より一層強く自分の身体を抱き締めた。そこから伝わるのは、やはり冷たさだ。
どの時代も、世界は僕に手厳しい。