*サタンジェネラルの口調、ムーアの城内部の様相その他について捏造妄想など過多です。ご注意ください
ムーア様の城の下層、『工場』と称される空間。そこで私は生まれた。当時量産が期待されていた、新型の魔物のプロトタイプが私だった。けれど私に致命的な欠陥が見つかったために、私と同種族の魔物は一匹としていない。
正直言って寂しいし、『欠陥』のせいで周りからは白い目で見られがちだ。生産の計画が消え、種族の名前さえ持たない私に、城での居場所など無いに等しい。まあ、その代わりにナマエという固有名詞と、新型の魔物の生産という仕事を得たわけだが。そんな固有名詞も仕事も要らないから、欠陥を無くしてくれたほうがどれだけよかっただろうか。もしかすると、それも贅沢な願いかもしれない。でも、それでも願ってしまうのだ。
常に私を取り巻くあの突き刺すような視線の原因の、私の欠陥。それはムーア様への忠誠心をもたないことだった。その辺りの草むらで戯れるにはいい、けれど私は、城の防御力に貢献するために作られた魔物だ。ムーア様を守る最終手段となるための技術が私には詰め込まれている。おまけに敵のあらゆる攻撃に耐えるために馬鹿みたいな体力と耐性を植え付けられた私は、殺そうとしてもなかなか死なない。外に放つわけにもいかない、生命活動は容易に止まらない、忠誠心がないから扱いにくい。ムーア様は実に面倒なものを作ってしまったのだ。我ながら、本当にそう思う。
そんな私をなぜか気にかけているのが、サタンジェネラルだった。サタンジェネラル――サタンは、ムーアの城の将軍だ。誰もが認める実力者。そんな魔族のエリートがなぜ私なんかを気にかけるのかは分からない。優秀な魔物たちの遺伝子をいいとこ取りしている私に高い利用価値があるからか、仕事熱心ゆえに私を手懐けてムーア様を喜ばせようとしているのか、それとも。
何にせよ、私にはサタンの真意が分からないということだけははっきりとしている。分からないというのはいかんせん不透明で好まないが、それでもサタンは城での数少ない対等な存在だった。だから失うのは惜しいと思わないでもない。
「……なんてね」
「どうした、ナマエ」
「……、サタン」
相変わらずいかつい見た目をしたサタンは、魔物たちの訓練の帰りらしい。少し疲れの滲むため息は、らしくないものだった。
「どうしたの、なんか疲れてるけど」
「ああ……そうだな。おまえの働きが良いからだ。いい疲れだな」
「私の?」
「おまえ、今はブースカを作っているだろう。あれが中々によくやる奴らでな。打撃の筋もいいし、魔法攻撃も充分な水準になっている」
「そう……。この城でも大丈夫そう?」
「申し分ないまではいかないが、概ね問題ないだろうな。集団戦闘をやらせれば優秀な結果を残せる」
「ふうん……」
何でもない風を装っている私の表情筋が、うまく言うことを聞かない。抑えようとしても上へ上へと上がってしまうのだ。私は笑っている。なぜだろう。
サタンに働きを褒められたから。自分の作った魔物たちが、うまくやっていることが分かったから。……ムーア様の、お役に立てているから。理由と思しきものが浮かんでは消えていく。その全て、何となくだけれど、正解だと思った。たぶん私は、サタンに褒められたかったし、自分の作った魔物には失敗作になってほしくなかったし、たぶん――ムーア様のお役に、立ちたかった。
私の口角の緩みを、サタンは見逃さない。どうした、と尋ねるサタンに、私は思っていたこと全てを洗いざらい話した。
「……、そう思ったから、たぶん、ムーア様のために頑張ったってことだと思うよ」
「そうか……」
「どうしてサタンが嬉しそうなの」
「それが、デスタムーア様への忠誠心と呼べるものだからだ」
「忠誠心……」
「良かったな、ナマエ」
「良かったのかな」
「何を言う。おまえの欠陥だったものが消え失せたのだぞ。もう誰も、おまえを出来損ないと罵ることは出来ぬ。実に喜ばしい」
「サタン……」
私たちの支配者であるムーア様のことは様付けで呼ぶこと。優秀な魔物たちについて研究して、新しい魔物を作り出すこと。城に生まれついた魔物として、常に堂々たる態度を崩さないこと。全てサタンから教わったことだ。
思えばサタンは本当に変なやつなのだ。何より必要だと言われるものを持たずに生まれた私をサタンが気にかける理由について、私には全く思い当たるところがない。
サタンは武人肌で、戦いが好きで、ムーア様に対しても仲間に対しても情に篤い、そんな性質を持っている。魔族らしくない、変なやつだ。
「サタンって変」
「私がか? おまえは面白いことを言う」
「変だよ。サタンだけだもん、私に興味あるの」
「私はそうは思わないが」
「……そう、かな」
「良いか。生物は初めから意思を持っているわけではない。私は生まれてデスタムーア様を見て、その瞬間に忠誠を誓っただけだ。ナマエのように初めは忠誠など持ち合わせないこともあるだろう」
「そういうもの?」
「そうだ。だからおまえの欠陥は、はじめから欠陥と呼べるものでもなかったということだ」
「…………」
「私がおまえを見捨てないのは、そういうことだ」
うん。声をやっとのことで絞り出したときには、サタンはもう歩き始めていて、その背中が少しずつ小さくなっていくところだった。まさか、らしくなく泣きそうになっているなんて自分でも信じ難い。何より、私に涙を流すだけの器官が備わっていたことがまず驚きだった。私はほんとうは、城のために戦うだけのいきものになるはずだったから。
いいのだろうか。私は、ムーア様の配下として、この胸を張ってもよいのだろうか。私の中には、本当に忠誠心が芽生えたのだろうか。ひとつ思い当たったのは、こうして自分の在り方に悩むことこそ忠誠心が私の中に存する証明になるということだ。私の中には、ムーア様への忠誠が、いつの間にか育っている。
ならば私は感謝しなければならない。あの、魔物らしくない魔物の将軍に。いっそ無駄なくらいに情に篤く、一切私を見捨てることのなかったサタンに。私の命が生まれたときから確かに、サタンに救われて生きてきた。そう。私は、サタンの情に救われたのだ。あの、魔族が持つには不似合いな篤い情に。