* 天視点
* アイスタ龍之介ラビチャネタ


 齧りついたトーストが、さく、と軽快な音を立てた。龍が用意してくれた朝食は、お腹だけではなく気持ちまで満たしてくれる。天が今日の仕事を頑張れるように。龍の言ってくれた通り、作り手の心がこもっているから自然とそうなるのだろう。
 さて。目の前には長い足を組んで目覚めのブラックコーヒーを啜る楽。本人としては早めに起きて優雅な時間を過ごしているつもりなのだろう、誰が見ているわけでもないというのにキマった表情と、好き放題跳ねまくったとんでもない寝ぐせの頭。たしかに楽は天然パーマで、湿度の高い時期にはよく頭を爆発させているけれど、今日の楽の寝ぐせは喩えるなら鳥のトサカだ。
 いったいどんな寝方をしたらそうなるのだろう。単純な疑問から、朝食のお礼を伝えていたはずの龍とのラビチャは、いつのまにか今日の楽の寝相の予想大会になっていた。本人が回転しているのか枕が回転しているのか、はたまた隣で眠っていたであろう楽の恋人の腕かなにかがそうさせたのか。
 客観的な視点からの自分の姿が今どうなっているか気づかずにキメ顔でコーヒーを飲む楽があまりに面白くて、面と向かって指摘するのは憚られた。いつ気づくのかが気になるし、その時の反応も見たい。
「おはようございます……」
 龍にラビチャで現在の楽の状況を伝えていると、すこし遅れて起きてきたなまえさんがリビングにやってきた。まだ眠そうななまえさんに、楽が「おはよ」と声をかけて手招きをする。トサカ頭のまま。それでいいのかと思うけれど、本人が気づいていないのだから仕方がない。指摘するのももったいない。
「なまえ、コーヒー飲むか? 砂糖とミルク多めに入れといたんだ。まだ温かいから、飲むならこっち来いよ」
「あ、ありがとうございます。いただきま……」
 お礼を言いかけたなまえさんが、言葉に詰まる。その目線は楽の愉快な頭に注がれていて、あー、とでも言いたげな表情のまま、なまえさんはとりあえず椅子を引いた。
 そのまま逡巡するなまえさん、指摘するのかしないのか気になるボク、何もわかっていない楽。「いらなかったか?」なんて呑気なことを聞いている。
「……ふふ。今、いただきますね」
 椅子に添えられたままだったなまえさんの手が、楽の頭に伸びる。主張するトサカを解して頭の形に沿って撫でつけて、まだ毛先は跳ねているけれど、つい先程までを思うといくらかマシになったように見えた。
 にっこり笑って頷いたなまえさんに、さすがだな、なんて思う。ラビチャのウィンドウに“なまえさんが直してくれた。まだ少しハネてるけど”と打ち込んで送信すると、すぐに“良かった!”と返ってきた。
 楽は間抜け面を晒しながら、恋人が頭を撫でるのを黙って受け入れていたけれど。そうか、と漏らして、その手をなまえさんの頭に伸ばす。そのままくしゃくしゃと、なまえさんの髪を楽の手のひらが乱した。あ、これ、俗に言うなでなで。たまに外から帰ってきた時なんかに楽が玄関を塞いでなまえさんにやっているやつ。
「あ、え……? が、楽さん」
「よし」
 何がよしなのか、楽は満足げに呟いた。席に着いたなまえさん、耳まですっかり真っ赤になっているけど。
 うん、何が「そうか」だったんだろう。楽は単純だから、たぶんなまえさんが頭を撫でたから、撫で返してあげようとでも思ったんだろうな。そう思うと急に笑いが込み上げてきて、もう朝食どころではなくなってしまいそうだ。
“無理” “たすけて龍”
“どうしたの!?”
 状況を説明しようと文字を打ち込む手が震えて、途中で送信してしまう。どうにかこうにか突然楽がなまえさんの頭を撫で回し始めたことを龍に伝えると、龍からは“楽らしいね!”と返事が来た。
 楽は、この大らかな家主に感謝すべきだ。いつどこで惚気ても受け入れてくれる心の広さ、本当に尊敬する。ボクだったら部屋でやってと言ってしまうというか、二日に一回は言っているから。ボクが家主の立場だったら追い出していたかもしれないし。
 ボクにラビチャで実況されているなんて知る由もない二人は、もうすっかり二人だけの世界でイチャついていて。さっきまで頭が鳥類だったくせに調子のいい男だなと思う。食傷になる前にさっさとこの場を離れよう。朝食の残りをおいしくいただいて、すっかり甘ったるくなってしまった空間を後にした。行ってらっしゃいと綺麗にハモるバカップルの声を背にしながら。
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