ミルクティーを注いで、なまえさん、と名を呼ぶ。想定に反して数秒待っても返答はなく、小鍋を水に晒しながら顔を上げてなまえさんの方を見た。
ベッドの縁にもたれかかったなまえさんはいつの間にか携帯を手放して俯いていた。先程までは熱心に何かを見ていたようだったけれど、携帯は手から滑り落ちたように雑に転がされて、バックライトも消灯している。
もしかして。水を止めて手を拭い、ふたつのカップを手にキッチンを離れた。そうっと、そうっとカップをローテーブルに置いて、俯くなまえさんの顔を下から覗く。
「……、寝てる」
伏せられたまつ毛と規則正しい呼吸が、なまえさんは今すっかり意識を手放して夢の中にいると告げていた。
――珍しい。最初に生まれた感想がそれだった。これまで一緒に過ごしていて、ベッドでおやすみを言う前になまえさんが眠ってしまったことはただの一度もなかったから。何せこの人、うっかり寝落ちて疲れているのかと心配されたりするのがとても苦手なのだ。
「………」
眠りが浅い人だから、起こしてしまわないように。音を立てないよう慎重に隣に腰を下ろして、これまた慎重になまえさんの体を自分の方へ引き寄せる。頭を自分の肩に預けさせた瞬間なまえさんが、う、と呻いて――思わず息を止めて目を見張る。数秒ののちにまた規則正しい寝息を立て始めたのを確認して、ほっと息を吐いた。危なかった。
いつまでこうしていようか、まだ湯気がのぼるふたつのカップとなまえさんとを交互に眺めながら考える。紅茶が冷める前に起こしてもいいし、このまま肩にかかる重みを楽しむのもいい、真後ろのベッドに寝かせてゆっくり休ませてもいい。
どの選択肢を取ったとしてなまえさんと同じ空間にいる時間が愛おしいのは変わらないし、本当にどうしたっていいけれど、こんな状況は滅多にないからこのままでいようか。そして目を覚ましたなまえさんに、あなたが起きるのを待っていたのだからたくさん構ってほしいとおねだりしようかな。
私は眠るなまえさんを眺めるだけで至福の時間を過ごせるのだし、それに私の隣で無防備に寝顔を晒せるなまえさんは、それだけ私に気を許しているということだ。だから眠っていたぶんの埋め合わせなんて、本当は必要ないのだけれど。手をつけられずに冷めてゆくだけの可哀想なミルクティーのために、そうすることを心に決めて――なまえさんの寝息以外に何もないこの静寂に、身を委ねた。