* これの夢主視点


 仕事が終わったあとの帰り道は、たいてい何かを探して歩いている気がする。
 それはおいしそうなものだったり、かわいいものだったり、新しくできたお店や行ってみたい場所だったり。タイミングによって何を探すかは違うけれど――共通するのは、楽さんに伝えたくなるようなものだということ。
 ここ数日はずっと桜を探している。朝の天気予報で桜の開花状況が伝えられるようになってから、毎日あちこちへ寄り道をしては開いた蕾がないか観察するようにしていた。
 することは今日も同じだ。職場を出て、家とは逆の方向へ足を向ける。チェックしている箇所はそう多くない。少し先に行ったところにある公園ふたつと、私が一人暮らしをしていたアパートの裏の公園、家の近くの小学校と、スーパーの駐車場。
 あまり遠くに寄り道をしすぎると楽さんに心配されてしまうから、帰途は寄り道を含めて四十分くらいになるようにしている。だから今日も、目的の場所まで足早に歩いた。
「わあ……」
 三箇所目。前のアパートの裏手の公園にある、大きな桜の樹。よく目を凝らすと、枝の先についた蕾がわずかに、けれどたしかに開いて、柔らかで淡い白色の花弁を覗かせていた。
 咲いたんだ。数日越しにやっと見つけた喜びと、個人的に、この桜は楽さんと初めて一緒にお花見をしたときのものだから、うれしくなって手のひらをぎゅっと握りこむ。
 まだ開いていない蕾の方が多くて、満開には程遠いけれど、やっぱり楽さんに伝えたくなった私はいそいそと携帯を取り出した。
 限界までズームすると、いい具合に咲き初めの桜が画面に収まる。何枚か写真を撮って、いちばん綺麗に撮れたものを選んで、ラビチャの楽さんとのチャット画面を開いた。
『見てください!』
 お仕事お疲れ様です、の一言もなしに用件を送ってしまって、取り消すかすこし悩んで、けれどやめてすぐに写真を送信する。長い文章を読むより先に、写真を見てほしかったから。もし一緒にいたとしたら、楽さん、と名を呼んで腕をつついて、見てくださいとあの桜を指さすに決まっているから。
 とはいえ、開花のお知らせだとすぐにわかるように『咲いてました』と桜の絵文字を添えて、ラビチャを閉じた。最近忙しそうにしているから、見る時間があるかな。お返事はいつ来るかな。何となく、どんな返信が来るか想像がつく。きっとじっくり写真を見て、もう咲いたのかと言ってくれるはず。毎年春を迎えるたびにしている、お決まりのやりとり。
 こういう定番がふたりの間に増えるたび、積み重ねてきた関係性が一層大事なものになる。初めはすこしこそばゆくもあったけれど、それはいつの間にか、ささやかで大きな楽しみに変わっていた。
 早く帰って、ごはんを作って、楽さんの帰りを待っていよう。いつもと同じようにお花見に誘ってくれるはずだから、今年はどこに行きたいとか、満開になるのはいつ頃かなとか、楽さんと食卓を囲みながらそういう話がしたい。
 踵を返して、小走りで公園を出る。ちょっと子どもみたいだけど楽しくて仕方がなくて、けれど咲きたての春が連れてくるのは、今よりもっとずっと楽しい時間だ。早く満開にならないかな、待ち遠しくて思わず、笑みがこぼれた。
×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -