*サドビネタ(14話)


 今日、お仕事を終えて帰ってくる楽さんをどんな顔をして出迎えたらいいのか。ずっと考えていたけれど、ついにその時まで答えは出せなかった。
 私の知る限り、はじめてのことだった。テレビのお仕事で答えづらい話題を振られても、楽さんはいつもうまくかわしていたのに、はじめて、今日は違ったのだ。
 生放送というのもあったのだろうけれど、普段よくしてくれているという下岡さんに話を振られたのが、きっとショックだったのだろうと思う。うまくかわすどころか、目を見開いて、まるで時間が止まったかのように、楽さんは下岡さんを見つめていた。楽さんだけじゃなく、九条くんも、十さんも。あの時三月さんが助けてくれなかったらどうなっていたのか、想像するのがすこし怖いくらいだった。
 玄関の鍵が開く音に、弾かれたようにソファから立ち上がる。どうしよう。心配だから早く帰ってきてほしかったのは確かなのに、まだ楽さんを迎える準備ができていない。――いつも通りの顔をするべき? けれど気持ちが疲れているところに、そういうのって余計疲れてしまうかも? やっぱり余計なことには触れずにいつも通りの方がいいのかなと思い直して、けれどどうしてもさっきテレビを通して見た楽さんの表情がちらついて、うまくできない気がしてくる。
「楽さん……」
 結局どうしたらいいかわからないまま。玄関で靴を脱ぐ楽さんに駆け寄ると、楽さんは顔を上げて私と視線を合わせた。急に鏡がほしくなる。今、楽さんの目に映っている私は、どんな顔をしているのだろう。
「おかえりなさ……」
 最後まで言う前に、左手を強く引かれた。わ、と声が漏れる。そのまま楽さんの腕の中におさまった。
 楽さん、と名を呼ぶ。返事のかわりに背中に回された腕にぎゅうと力が込められて、楽さんはそのまま私の首筋に顔をうずめる。
 すぐそばに感じる体温も、首にかかる楽さんの髪の感触も、いつもならそれだけで顔が熱くなるし心臓が騒ぎ出すのだけど。楽さんがいつもと違うから、――その原因がわかっているから、まるで祈るみたいな気持ちで背に腕を回して抱きしめ返す。
 そうやって互いに何も言葉を発さず、しばらくの時間が過ぎて、楽さんがふいに顔を上げた。次いで密着していた身体が離れる。
「よし。……ただいま、なまえ」
 ぽんぽんと、楽さんが私の頭を撫でる。目を細めて笑っていた楽さんは、私の髪をその指に絡ませて、そして目を伏せた。長いまつ毛の向こう側でちいさく揺れる瞳がいつもより暗い色をしているのは、たぶん影のせいなんかじゃない。
 なにかしてあげたいと思った。私にできることなんて少ないけれど、なにか、楽さんのために。そう自覚したときにはもう、自分から楽さんに抱きついていた。
「なまえ?」
「が、楽さん。えっと……もう少しだけ、こうしたくて」
 鼻がつんとする。目がかっと熱くなって、それを隠すみたいに顔を楽さんの身体に押しつけた。
 楽さんのために私ができること、大してないかもしれないけれど。それでも楽さんがここに帰ってきてよかったと思ってくれたら。背中にそっと回された腕がその答えだったらいいと思いながら、しばらくそうやって、ふたりで抱きしめ合っていた。
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