*Crescent rise MV, Crescent wolf NEW M00N のネタバレがあります
*夢主=月舘の婚約者(最愛の人)
十二月三十一日、初雪の降る東京。
ひらりひらりと舞い落ちる白いそれはどこか紙吹雪に似て軽やかで、一年の終わりとこれからやって来る新しい年を祝してでもいるのだろうか。瑞雪、そんな単語が脳裏をよぎったが、めでたいとは到底思えなかった。
本当だったらこの時間には仕事を終えていて、家に帰るとなまえと繭が待っているはずだった。現実は、ふたりは惨たらしく殺され、帰る家は取り壊して更地になり、俺は仕事を続けることもできなくなり憲兵に追われ――そして今、銀座の街に降る雪を、仇の死体と共に見下ろしている。
鐡を殺した。四ヶ月。この男を殺すまでに要した時間は、引鉄を引いたその瞬間に空白となった。仇を取ったからといって死んだふたりは戻らない。あの日の赤色を最後に、俺の目に映るものからだんだんと色が抜け落ちていって、ついに、すべての色が消えた。
コートの内ポケットから手帳を取り出して、開く。どのページだったか探すまでもない、開き癖のついたそこに貼りつけてある、写真にそうっと指先で触れた。白黒の写真の感触はざらついている。
瞬きをしない、色を持たない、そんなふたりの方が当たり前になってしまったのはいつからだろう。忘れもしない、そう誓ったはずだったのに、知らないうちに声も温度も思い出せなくなっている。こうして写真の輪郭をなぞって、かろうじて覚えていることを必死に自分の中に繋ぎ止めることしかできないのだ。なまえと繭が死んだ事実と、絶対に復讐してやるという衝動だけが、いまだに俺の中で息をしていた。
「どうか、無理はしないでくださいね」
ふと、なまえにそんなことを言われたと思い出す。隈ができていると、俺の頬をそっとなぞりながら、なまえは眉を下げながらそう言った。なまえにしてもらったように、写真を何度も撫でる。こんな骨ばった手ではなくて、なまえのそれはもっとちいさくて細かった。非力で、けれど優しかった。守ってやらなければならなかったのに。
俺はなんと返したのだったか。無理はしていないよとか、ありがとうとか、すまないが今日も遅くなってしまいそうだとか、そんなことを言った気がする。心配そうにしていたなまえは、眉を下げたまますこし笑って……そうだ。俺はそれで、どうしたのかと首を傾げたのだった、そうだ。――ああ、まだ、彼女のことを覚えている。
「……ふふ、信八郎さん、ほんとうに真面目で。私、あなたのそういうところを好きになったんです。
自分の信じる正義のために、一生懸命お仕事をされているから。……そんな人を好きになれて良かったなあって、ふふ、信八郎さんのことを心配していたのに、誇らしくなってしまって、変なの」
今でもなまえは、そう思ってくれているだろうか?
報復の中に正義はない。そこにあったのは悪意だけだ。俺はなまえと繭のために鐡を殺したのではない。これは自分のためだけの殺しだった。最愛の人と唯一の肉親を奪われたやり場のない怒りをどうにかしてぶつけてやろうという泥のような感情だけが渦を巻いて、美しかったはずの愛情さえ飲み込んでいく。
正義をなくし、悪意にまかせて銃を握ったあの時、なまえが愛した月舘信八郎は死んだのだろう。鐡を殺して人殺しになるよりもずっと前、俺は俺自身を殺してしまった。なまえが誇らしいと言った月舘信八郎はもういない。それでも俺は、鐡を殺して、愛を遂げたと思った。悪意を愛にすりかえて、自分のためだけに他人の命を奪ったというのに。
写真のなまえと繭は微笑んだまま、じっと俺を見つめている。すべてを見透かしているのか、すべてを赦してくれているのか。ふたりは天国にいるはずだから、きっと答え合わせはできないだろう。する必要もない。赦さなくていいからだ。
十二月三十一日、初雪の降る東京、銀座。セイフティを解除したピストルにはまだ、弾が一発、残されていた。