“何かあったのか?”
電話の向こうから聞こえた心配そうな声色に、沈んだ気持ちが引き上げられていくような感覚がした。私を気にかけてくれることにたまらなく嬉しくなって、同時に、少し申し訳なくなる。楽さんに心配してもらうようなことなんて何もないから。ただ私が勝手に色々と考え込んで、落ち込んでいただけ。
楽さんが優しくしてくれると、もしかしたら楽さんは私を好きでいてくれているんじゃないかと勘違いしそうになる。優しくされて、舞い上がって、それで自分が嫌になる。違うに決まっているのに。――楽さんはアイドルなんだから。私のことなんて好きになるはずがない。たまたま知り合えただけでも幸運なのに、自分がどんどん欲張りになっているような気がして、これじゃあいけないって思うのに。なのに単純な私は、楽さんのたった一言で簡単に心を浮つかせてしまうのだ。
“……なまえ?”
何も言わない私の名前を、楽さんが呼ぶ。何か言わなきゃ。大丈夫って、なんにもないですって。言おうとして、胸のあたりがぎゅっと痛くてうまく言葉が出なかった。
「……大丈夫、です。なんにもないですよ」
“そうか? なら、いいんだが……。なんか声に元気がないような気がしてさ”
遠慮しないで何でも言ってくれよ。そう続けた楽さんの表情が目に浮かぶようで、また、思い上がりそうになる。
“なまえが迷惑じゃなければ、俺にできることなら何でもしてやりたいって思ってる。だから……”
「楽さん……」
だめ。勘違い、しそう。楽さんは良い人だから、私にも優しくしてくれるだけ。みんなにしているのと同じようにしているだけなんだから。特別なんかじゃない、自分に必死に言い聞かせるたびに泣きそうになる。
「……、ほんとに、大丈夫です。楽さんの声が聞けたから、もう元気出ました!」
気を抜いたら声、震えてしまいそうだけど。うまくできてるかな。そうか、と静かに呟いた楽さんに、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。嬉しいよ、と続けて、楽さんはそれから何も言わなくなった。私も何も言えなくて、電話は繋がったままなのに、静寂だけがただ流れる。
嬉しい、って、どういう意味? 自分の中にぐるぐると渦巻いた疑問を、そのまま声に出して問うてしまいたかった。だけど聞いてしまったらいよいよ本当に勘違いしてしまったみたいで、そんなことはとてもできない。耳に当てたままの携帯の冷たさが際立って、それで自分の頬が熱くなっていることを悟りながら、一生懸命に次の話題を探していた。嬉しいって、そういう意味だったらいいな。そんな風に祈れるほど、もう私の抱えている感情は、可愛らしいものではなくなっていたから。