一年前のこの日も、雨が降っていましたね。一輪挿しの白薔薇の向こう側、窓の外にはぱらぱらと雨が降る。ずいぶんと暗い色をした空は、誰かの代わりに泣いていたりするのだろうか。――一年前のように。
 私の考えていることなど露知らず、なまえさんは呑気に「そうだっけ」なんて呟いた。思い出そうとしているのか口許に添えられた手がほんのりと透けて、白い壁が見える。
「……あなたという人は」
「一年前の天気なんて覚えてないよ。巳波くんが泣いてたことは覚えてるけど……」
 今は泣き止んでくれたからよかった、と付け足して、なまえさんはこちらに手を伸ばそうとして、やめた。スキンシップを積極的にしていたと前に言っていましたね。今は触れられなくて悲しくなるだけだからしない、とも。
「私が泣き止んだのは、あなたが隣にいてくれているからなんですよ」
「私?」
 そう。毎日あなたの顔を眺めて、話をして、だから今日の日付をカレンダーで見ることだってできたのだ。もし、またあなたがいなくなってしまったら。一年前に訪れた現実が再び起こることを想像するだけで、背筋を冷たいものが走り抜ける。あんな思いは二度としたくなかった。
 こんなことをなまえさんに言っても、きっとうまく伝わらないでしょうけど。あなたが本当にそこに“いる”かどうかはもはや関係がなくて、他人にもあなたが見えるかどうかなんてどうでもよくて。ただ私にとってあなたが隣にいさえすればいい。やはり首を傾げたなまえさんの、もう触れられない輪郭をなぞる代わりに、わかりやすい言葉を投げかける。それが私たちに許された唯一の交流の術だから。
「これから先もずっと、どうかあなたが私のそばにいてくれますように。これはそういう、シンプルな話なんです」
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