リーベルはいつだって私のことを見ていない。
 私がそのことを知っているのは、私がいつだってリーベルのことを見ているからだ。少し前まで集落だった廃墟を見下ろしている時、寄せては返す海の波を眺めている時、けたたましい鳥の鳴き声を聞いて陽が昇りはじめた空を見つめる時。いつだって銀の瞳のなかに世界の一部分をおさめて、リーベルは私ではない別のものを見ている。
 それが不満かといわれると、どうなのだろう。リーベルに自分を見てほしいわけではない。――否、昔は見てほしいと思っていたかも。私がリーベルについていくことを決めたのは、あの日、まっすぐ前だけを見ていたリーベルが私を視界にとらえて、手を差し出してくれたから、その目がとてもきれいだったからなのだから。もう一度あの目を向けてほしいとは、思っていたかもしれない。過去形なのは、一緒にいて十数年、リーベルが私なんか見ていないということを充分に理解したから。

 数日留まった宿を離れて、またどこか別の場所へと移る。さくさくと軽快な音が鳴る地面は、昔はしっかりした土で、雨季にしっかり雨が降ってくれれば植物も生えるくらいは元気だったそうだ。今はすっかり乾ききって、風が吹くだけで砂ぼこりが舞い上がるようになってしまっている。少し先には森があったらしいけれど、私たちが別の場所を見て回るうち、それも無くなった。木が群生している光景、見てみたかったけれど残念だ。
 まだ朝陽の出きらないうちに出てきたのは、この先にある崖に立ち寄って日の出を見るとリーベルが言ったからだった。夜ふかしして本を読んでいた時に言われたから、とてもねむい。しかも、読んでいた本はなかなか気になるところで止まってしまった。宿の共有スペースから借りた本だったから、続きはきっともう読めない。意味もなくうしろを振り返ってしまうのも仕方のない話だった。
「着いたぞ」
「……、うん……」
 昔は観光地だったらしいその場所は、誰の姿も見えなくて、草木も一本も生えていなくて、寂しい気がした。誰も見ていなくてもこの場所には毎日陽が昇る。それは当たり前のことだけどなんだか悲しい気がした。でも今日は、リーベルがいる。
「わあ、綺麗だな……」
 アルムのつぶやきを肯定するために息を吸う音が、すぐ隣から聞こえる。薄い雲を透かして空を光の色に染め上げる、太陽は思っていたよりも小さかった。
「覚えているか、リーベル。私がリーベルに誘拐された日に、地上に降りる時に見た景色と似ている」
「ああ、そうだな。あの時、アルムは地上を見て綺麗だと言った」
「そうだ。本当に綺麗だったなあ……もちろん、今見ているこの景色も。なまえもそう思うだろう?」
「え? う、ん……きらきらしてる。きれいね」
 繋いでいるリーベルの手をきゅっと握って、思ったままの感想を述べる。眩しかったから目の前の、いわゆる絶景はずっと見続けてはいられなかった。だからリーベルを見る。リーベルの目はきれいだから。
 リーベルは目を細めて、たぶん今、目の前の光景をしっかり瞼の裏に焼きつけている。遠い未来のリーベルが目を閉じても、すぐに思い返せるように。前髪が風に靡いても、細かい砂粒が服を汚しても、リーベルの両目に映りこんだ朝の光は言葉が見つからないほどきれいだった。
 リーベルはきっと、私がリーベルの目がきれいで好きだと言ったら『地上にはもっと綺麗なものがある』と否定する。だから告げずに私だけの秘密にしておこうと決めていた。
 この秘密が成り立つのは、リーベルが私のことをほんの少しも見ていないからなのだけど、それは悲しいことな気もするし、うれしいことな気もする。――確かなことは、今日もリーベルの視線の先には私なんかいやしないということ。朝焼けみたいに清々しい、純然な、事実だった。


#ダンマカ深夜の1本勝負 に参加したものです
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