少しだけ待っていてくださいね、その言葉通り、なまえはいい子にして待っていた。ただ、普段ならリビングのソファの端に座っているかカーペットの上でクッションを抱いているのだけれど、今日は玄関のマットの上で膝を抱えていたものだから、扉を開けたとき、あらなんて声が出てしまった。
「玄関は冷えるでしょう、向こうで待っていても良かったんですよ」
うん、と頷いたなまえは、それでも動こうとはしない。よほど楽しみだったのだろう。あまり感情を言葉にすることはない子だけれど、様子を見ていれば十分にわかる。
「みなみくん、あの、モンちゃんは……? きた?」
「ええ。きちんと連れてきましたよ。ここでは薄暗いから、リビングでご挨拶してあげましょうね」
「わかった」
なまえは頷くと、小走りでリビングに向かっていった。ああ、転ばないように気をつけて。普段の大人しいなまえはどこへやら、けれどそんななまえも、年相応に思えて微笑ましい。奥の部屋へと消えるなまえを見送って、そっと、それを抱き上げた。
今日は、我が家に新しい家族を迎える日だ。幼稚園のお友達が飼っているペットを触らせてもらってからというもの、なまえもペットが欲しくて仕方なかったようで、なまえはずっと、モンちゃん飼ってみたい、と言っていたのだ。
ペットを飼うなんて二つ返事では許可できなかったけれど、なまえがずいぶん長いことお願いをしてくるものだからつい折れてしまった。きちんとお世話できますか? うん、がんばる。そんなやり取りを何度もして、結果、今の私は生き物を両腕に抱いている。自分のことながら、私はなまえには甘いのかもしれない。
なまえが心待ちにしている“モンちゃん”を、早くあの子に見せてあげないと。
――これが一体何の生き物なのかは私も販売業者も、下手をすればこの地上の誰もわかっていないのだけれど、多くの人はこの生き物をモンちゃんと呼ぶ。一説では、自我を持った綿の生き物であるとか。あまりにふわふわの手触りは、なるほどこれは確かになまえも欲しがる……かもしれない。
リビングのカーペットの上で、なまえは背筋をぴんと伸ばして待っていた。入ってきた私とその腕の中のものを目にとめて、きゅっと両手を握る。抱いた生き物を床にそっと降ろすと、なまえはじっとその子を見つめた。生き物がにっこり笑って、ミナナ、と鳴く。不思議な鳴き声だ。
「さあ、なまえ。なまえの欲しがっていたモンちゃんですよ」
「う、うん……。このこが、モンちゃん」
「ええ。なまえ、ご挨拶をしてあげないと。今日から家族になるのに、名前がわからないといけないでしょう?」
緊張しているのかな。そっか、と呟いて、なまえはそうっと、ふわふわの頭頂部に触れる。
「えっと、モンちゃん、はじめまして。なまえだよ」
「ミナナ! ミナ〜」
撫でられたことがうれしかったのか、モンはそのふわふわの頭をなまえの手に擦り寄せる。どうやら飼い主として、なまえはひとまず認めてもらえたようだ。おかしい、私に撫でられた時はどこか不服そうにしていたのに。
「わ……モンちゃん、ふわふわだね、すごいね」
「ミナナ」
「もっとなでる?」
「ミナナ!」
なまえが両腕でモンを抱いて頭を撫でてやると、エノキに似た二本の触覚がゆらゆらと揺れる。きっとうれしいのだろう。モンはにこにこと笑って、時折元気な鳴き声を上げる。
「……なまえ、気に入りましたか?」
「うん。すごくふわふわ」
「なら良かった」
「みなみくん、ありがとう。モンちゃんだいじにする」
「ええ。家族として、たくさん可愛がってあげましょうね」
「うん」
何だかこの生き物、私に対してとなまえに対しての態度が割と違うことが気になるけれど。なまえが喜んでいるし、まあ、いいか。やはり私はなまえには甘い。仕方のない話だろう。
「みなみくん、モンちゃんかわいいね」
そう言ってうれしそうに目を細めて笑うなまえは、この世でいちばんだと思うほど、かわいらしいのだから。