太陽の燃えるような橙色を、人生で初めてまじまじと見た。
歩いている時には気づかなかった。ヴィダのところにお金を届けてようやく、私を見下ろすその人のうしろで夕陽が燃え盛っていることに気がついたのだ。
倒れ込んだ砂の地面は固い。首だけ動かしてヴィダを見上げる。ヴィダは手のひらでコインを数えて、それが終わると私と目を合わせた。
「……で、お前は内臓潰されてんのか。世話ねぇなぁ」
喉をくつくつ鳴らして笑ったヴィダは「ここまで帰って来たのはまあ、根性見せたじゃねえの」と続けた。うん、がんばった。お金、持っていかないといけなかったから。うまく声が出ない。
しかし、やってしまったなあ。奥歯を噛むと砂粒の感触がした。近くを通ったゴロツキを狩っていて、うっかり懐に入られてこの有様だ。思えば、武器を振る時に大振りになりがちだから隙だらけだと、昔からよく怒られたものだった。
「誰にやられた?」
「わかんな、けど……そのへんの、ゴロツキ。たぶん」
「全員殺って、これ奪ってきたのか」
「う……ん。でも、こんな、なっちゃった」
ふふ、と笑った自分の声に力がない。顔が笑っているかどうか微妙なところだけど、ヴィダはそんな私を冷めた目で見ていた。
「ああ、その傷は無理だ。諦めろ。自分でもわかってんだろ」
「ん、それは、ね、だいじょうぶ。けど……あの、ね。ヴィダ」
「ああ?」
「ごめん、ね……すくなくて」
「……は、別に責めてねぇよ」
ヴィダは伸びをして、腰かけていたブロックから降りた。隣で砂を踏む音がする。なんだろうと思った時には、ヴィダが私の顔を覗き込んでいた。私の隣の、血で汚れていないところを選んで座ったらしい。ヴィダが地べたに座るところなんて初めて見た。
ヴィダを見つめてみても、ヴィダは顔の半分が隠れているから、いつも何を考えているのかよくわからない。
「まず金がなきゃ何にもならねぇからな。手に入れば喜ぶし逃せば腹が立つってだけの話だろ。ゼロかそれ以外か、量は関係ねえ」
「でも、足、ひっぱった。ケガ、したから」
「あ?」
ドスの効いた声がする。あ、もしかしてヴィダ、怒ったかも。そう思ったのと同時に、前髪を引っ張られて顔を上げさせられた。
大怪我して帰ってきて、収穫もたいしてなかったのだから、怒るのも無理はない。そのままトドメを刺されたって文句は言えない立場だ。
「お前、それは思い上がりってもんだろうよ」
「んぐ」
「俺たちは弱いヤツに足並み合わせて歩いたりはしねぇ。んなことしてたら仲良く全滅だからなぁ。ひとり弱いヤツがいたって、俺らはそいつを置いていくだけだ。足なんか引っ張られてたまるかよ」
言うだけ言って、ヴィダは私の前髪をぱっと手放す。私の顔はまた砂の上に逆戻りだ。ぶつけた鼻が痛い。いや、全身痛いけど。
「……ヴィダ、は……やさしい、ね」
「はぁ? お前、話聞いてたかよ。見捨てられてんだぞ」
「うん、ヴィダ、すごくやさしい」
「………」
呆れたな、呟いたヴィダは顔を背ける。
私は、自分のせいでみんなが辛いのが嫌だから、私に構わず置いていってくれる方がうれしい。だからヴィダはやさしいと言ったのだけれど、伝わっているかな。ありがとう。本当はもっと、言いたいな。
知ってる? ヴィダ。夕焼けってとても綺麗なんだよ。私もさっき初めて知った。今を生きるのに必死な私たちは、綺麗なものが目の前にあったって気づけない。そんなものを見ている余裕なんてどこにもないから。
ヴィダ、きれいだね。この世界はきっと、私たちが知っているよりずっときれいなのかもしれないね。でも私たちはそれがわからない。不幸せで、不平等だね。許せないよね。
「……もう寝とけ。夜になる。ガキはねんねの時間だぜ」
「……、う、ん……」
おやすみ。言葉が言葉になりそこなって、ただのうめき声になってこぼれていく。
誰にでも夜はくる。朝もくる。けれど私に明日はこない。みんなにも、明日がくるかどうかはわからない。ねえ、どうか明日の朝を、みんなが迎えられますように。答え合わせのできない願い事を、お星さまは聞いてくれるだろうか。