五月二十三日はキスの日――なんて一体誰が最初に言ったのだろう。そのお陰で、楽さんは私の前で目を閉じたきり何も言わなくなってしまった。

「あの、楽さん……」

 たまにはなまえからキスしてほしい。そんなことを楽さんが言い出したのは、一緒に見ていたバラエティでキスの日などというものを取り上げていたせいだ。内容はお笑い芸人さんたちがわちゃわちゃ騒いでいるようなものだったけれど、きっかけは何でもいいらしい。へえ、キスの日なのか。そんな具合で、キスの日の部分だけが上手いことピックアップされて、なぜか私の方から楽さんにキスをする流れになってしまった。
 私が声をかけても、楽さんは返事をしてくれない。恐ろしく整った顔の持ち主がするキス待ち顔なんて、暴力以外の何物でもなかった。このお顔に自分の顔を近づけて唇を合わせるなんて無理すぎる。無理すぎるけど、たぶん楽さん、私がキスするまで待ってる気がする。
 しないとだめかなあ。したくないわけではない、けど、恥ずかしい。キスはいつも楽さんの方からだから、私は全然慣れていなくて。まだ何もしてないのに自分の心臓が恐ろしく速い音を立てていて、こんなにどきどきすることをいつもさらっとしてしまう楽さん、やっぱりかっこいいなあ、だなんて思ってしまう。
 ――やるなら一思いにさくっとやってしまった方がいい、よね。楽さんの顔を見れば見るほど恥ずかしくなっていくわけだし。

「えっと、し、します……よ」

 そっと楽さんの胸に手を置いて、えい、と唇と唇を合わせた。
 薄手のシャツのすぐ向こう側に、しっかりした胸板があるのがわかる。細身なのに引き締まっていて、男の人という感じがする体つき。十さんみたいな体になりたいと言ってよく鍛えているのを知っているから、しっかり成果が出ているようで私までうれしくなってしまう。好きだなあ、楽さんのこと。いつの間にかきゅっとシャツを握ってしまっていたことに気がついて、慌てて手を離す。唇も離して、楽さんが目を開けてくれるのを待った。
 そっと目を開けた楽さんはふっと笑って、「顔真っ赤」と呟いた。そう言う楽さんもすこし、頬が赤らんでいる。言い返そうとしたその時、顎に手が添えられて、ああキスされると思った時にはもう、長いまつ毛がすぐそばにあった。あれ?

「が、楽さん」
「悪い、もう一回したい」

 そっと唇を重ねられて、いつもするのと同じように瞼を下ろす。私からのキス、足りなかったかな。でも楽さんがする方がずっと上手だしどきどきするから、こっちの方がいいなあ。
 テレビの方から流れてくる音は、いつの間にか笑い声からニュースキャスターの落ち着きのある声に変わっていた。昨日今日と、Re:valeさんのライブが大盛況だったみたいだ。今はその話はできなさそうだけど。
 ちょんちょんと舌で唇をつつかれて、小さく開くと舌が入り込んでくる。いつもよりちょっとだけ、ぐいぐい来てる、かも? 私からキスしたからだと思ってもいいのかな。そうだったらいいな、なんて思いながら、楽さんの首に腕を回した。
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