今年もこの日が来ましたね、巳波くんがカレンダーに向き合って呟く。大切そうに抱えているのは、毎年この日に合わせて買ってくる一輪の白い薔薇。丁寧に棘を取ってもらって、黒いリボンのかけられたそれも、もう見慣れた。
 いつまでもそんなこと、しなくていいよ。巳波くんがそれを置いてくるあの信号機、いつの間にかぴかぴかではなくなって、今はもう、細かい傷やへこみや、塗装の剥がれなんかがあちこちにあるんでしょ。こんなに時間が経つまで私のことを気にかけてくれるのはうれしいけど――でも、巳波くんの満足げな顔を見ると、言おうとした言葉は飲み込むしかなくなってしまう。
 無くした靴が見つかるまで、巳波くんが笑ってくれるまで、巳波くんが私以外の人を見つけるまで。ずるずると長いこと、巳波くんのそばにい続けてしまっている私、やっぱり巳波くんには甘いのかもしれない。

「気がつけばもう、十一本めになりますね」

 白薔薇が十一本で、最愛という意味だそうですよ。
 うん、ありがとう。だけど、ねえ、私にそうしてくれること、うれしいけど心配だよ。ひとりぼっちで私だけを愛してくれるなんて。きっと周りも放っておかないだろうから、その手を払い除けてまで私を選ぼうとなんてしなくていいのに。

「これは毎年話していますが、九十九本になるまで、ずっと続けようと決めているんです」

 九十九本、永遠の愛、だっけ。おじいちゃんになっても続けてくれるってこと? あと八十八年も経ったら、巳波くん、もしかしたらご長寿でギネスに載っちゃうかもしれないよ。

「……ねえ、なまえさん」

 ――あなたは私を心配しているでしょうけど、私はこうしてあなたを思って過ごす日々が幸せなので。心配はしないでくださいね。
 宝物みたいに私の名前を呼んで、巳波くんは柔らかく微笑んでそう言った。巳波くん、私のことは何でもお見通しだからすごいよね。私は昔から、巳波くんのこと全然わからないままなのに。
 ずっと不思議なんだよ。どうして今も私のことを大事にしてくれるの? あの日、私は巳波くんとの約束の時間に間に合わなかったのに。あの場所に何度行ったって、もう私の靴は落ちていないしあの日の約束は果たせない。いつまでもそうやって、私に縛られた生き方はしなくていいよ。私のことは忘れて、初めからいなかったみたいにしてもいいよ。
 そう思うけれど、でもやっぱり、忘れられたら寂しく感じたりするのかな。だって巳波くんの「行ってきます」に行ってらっしゃいを返すこと、今日までずっとやめられないでいるから。

「……では、なまえさん。行ってきます」

 行ってらっしゃい。気をつけてね。いつも通り声をかけると、玄関に立った巳波くんが振り返って――ほんの僅かに目を見開いた巳波くんは泣きそうな顔をして、足早にこの部屋を後にした。
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