普段ふたりでいる時には携帯をあまり見ないなまえさんが、めずらしく黙り込んで携帯をいじっていた。ベッドの縁にもたれながら熱心に携帯を見つめているから、何を見ているのか気になって、訊ねる。何を見ているんですか。なまえさんの肩に頭を預けた拍子に、ずらりと並んだ活字が目に入った。私を放って、なまえさんはいったい何に夢中になっているのか。
スクロールする手を止めたなまえさんが、携帯を傍らに置いて私の髪を撫でる。その心地いい温度にほだされたりなんて、しませんよ。
「ネットニュース」
「めずらしいですね。普段、そういうのは読まないでしょう」
「そうだね。この前の、スターミュージアムフェスの記事。ラビッターで回ってきたの」
「ラビッターで……」
「そう」
ラビッター、それもまためずらしい。
私と付き合い始めてからラビッターアカウントを作ったというなまえさんは、それでもラビッターを開くことは稀だった。情報用のアカウントだというくせにほとんど見ないから、最新情報の出処はいつも私だ。
今度ドラマがありますだとか、こういうバラエティに出ますだとか、私の出演情報を私から口頭で聞くなんて、何ともぜいたくな情報源というか。自分から興味を持ってほしくもあり、けれどそのままでもいいと思ってもいたり。私の頭を撫でながら「巳波くんが、たまには見てって言ったんだよ」となまえさんは続けた。
「そうですね……。ねえ、もう、見なくてもいいんですか?」
「うん。私も会場にいたから、それ以上の情報は載ってなかった」
「ふふ。それはそうでしょうね」
「チケット、ありがとう」
「いえ。こちらこそ、来てくださってありがとうございました」
毛先をくるくると巻きつけて遊ぶ、細長い指先を眺める。うん、と頭上から降る声は柔らかくて、それで何となく、携帯に嫉妬した自分を後ろめたく思ったりした。
「……その記事、一体どんなことが載っていたんです?」
「どんなアーティストが出たとか、イベントの流れとか。写真もたくさんあったよ」
ランタン飛ばした時のとか、ほら。そう言ってなまえさんが携帯を手に取って、画面を見せてくれる。画面に映っているのはイベントの終盤の、出演者と来場者でランタンを飛ばした場面を収めた写真だ。
暗くなった会場を埋め尽くす無数のランタンのぼんやりとした光だとか、出演者がランタンから手を離した瞬間だとか、Re:valeのおふたりがふたりの世界に入っているところだとか。あとは御堂さんが提供したのか、私たち四人が撮ったものも載っていた。やはりイベントの目玉だからなのだろう、記事中の写真枚数の多くがこの部分に割かれているようだ。
「ああ……ステージの上から見ていると、あたたかい光がどんどん空に昇っていって、とても幻想的でした。なまえさんもランタン、飛ばしてくださいましたか?」
「うん。ステージからは離れたところに居たんだけど。モニターで見て、巳波くんと同じくらいに手を離したの」
「あら。前の方に来てくだされば、きっと見つけられたのに」
「ひとりで行って、見つかったら恥ずかしいなって、何となく思って」
「私からチケットを受け取っておいて、そこを気にされるんですか? ふふ」
「うん……」
そういうところがかわいらしいとは思うけれど。なまえさんの肩に預けたままの頭を上げて、視線を通わせる。同じ場所にいたのだから、そう感じられる出来事がある方が、私はうれしい。なまえさんは違うのかもしれないけれど。
「……でも、もしかしたら、ね」
「はい」
「私のランタンが、巳波くんの写ってる写真に写り込んでたりしてるかもって思ったら、すこしだけ……、うれしくなったよ」
そんなのありえないだろうけど、と続けて、なまえさんがはにかんだ。眉を下げて笑うなまえさんの頬がほんのすこしだけ赤くなるのがめずらしくって、思わず目を見開いて見つめてしまう。
私の返答を待っているのか、なまえさんは私の手に触れて、口を噤んだまま視線を落としていた。絡まる指先の感触で、はっと我に返る。
「……なまえさんって、案外ロマンチストですよね」
「……。そう、かな。でも、信じたくなるでしょ?」
「ええ、とても。運命的で素敵です」
顔を上げたなまえさんと交わった視線。そのままキスをして、視線ごと食べてしまいたくなった。
「ねえ、私も、実はロマンチストなんですけれど」
「うん」
「私となまえさんとで飛ばしたランタンが、もしかしたら空のずっと上の方で巡り会っているかもしれませんね」
今度こそなまえさんの唇に吸いつく。唇を重ねる前、目を丸くしていたのがまるでつい先程の自分を見ているみたいだった。真冬でも潤いのある唇を堪能してから離れると、絡めていた指先にきゅっと力が籠められる。ああもう、本当に、好きだなあなんて。
「……本当に、ロマンチスト」
「ええ。でも、信じたくなったでしょう?」
「……うん」
吸い寄せられるようにして、もう一度唇を触れ合わせる。角度を変えて何度も唇を重ねて、どちらからともなく口を開いて舌を絡めてしまえばとんでもなく幸せで。夢物語みたいな運命の話も、真実に違いないだなんて信じてしまいたくなる。
だって、ふたりの間で吐息が混ざり合うのも、頭がぐらぐらするほどの熱も、何ひとつ偽りのない本当だから。私たちが出会ったという事実に運命と名付けたくなった私はきっと本当にロマンチストで、なまえさんも同じだったらいいななんてこっそり思ってみたりして。薄目をあけて盗み見たなまえさんが恍惚とした顔をしていたから、うれしくなって、もっと深く口づけをした。