スプーンでお粥をひとくちぶん掬い上げて、なまえさんの口元へ運ぶ。なまえさんは「自分でできるから」と言って、顔をしかめた。そんな表情をしたって、赤らんだ顔は変わらない。
「あなたは病人なんですから、ほら、口を開けてください」
「……ただの風邪だよ」
「ただの風邪でも病気は病気ですよ」
「………」
なまえさんはどうも、弱っている姿を他人に見せることが苦手らしい。熱があることを隠そうとしたり、私が来ていても家事をやろうとしたり、私に出すものを買いに行こうとしたり。ベッドで大人しくしていてくれることは稀だ。
そんな姿を見ている私がハラハラさせられていることを、彼女は知っているのかそうでないのか。大人しくしていてくれないなら私にも考えがあるのだけれど。
「弱っているあなたの面倒を見るのは、恋人の特権ですから。私に看病、させてください」
ね、と微笑みかけるのと同時に、スプーンをもう一度差し出す。最初に軽く冷ましたそれからはうっすら湯気が昇っていて、恐らくは熱すぎず冷たくない丁度いい温度になっているだろう。お椀から手に伝わってくる温かみからしても。
なまえさんはじっとスプーンを見つめて、ついに諦めたようにそれを口に入れた。一瞬だけ控えめに開かれた口がかわいらしくて、つい眺めてしまう。
「……ずるい」
飲み込んでから、なまえさんは赤い顔のままそれだけ言った。「何のことでしょう」なんてとぼけながら、次のひとくちを準備する。
「ふふ。きちんとできて、お利口さんですね」
「……、からかってるでしょ」
睨まれたってちっとも怖くなくて、ただ次々と彼女の口にお粥が入っていくのがうれしいと思う。
からかってなんていませんよ、その後に続く言葉はなまえさんが拗ねてしまうかもしれないから、心の中にしまっておいた。――弱ったあなたはかわいらしいですね、もちろん、本音ですよ。