不安になるなんて柄じゃない。そう自分に言い聞かせても、ふとした瞬間にやってくる心臓のざわめきは不快なままだった。
 女との関係なんて、嫌になったら絶てばいい。終わりの言葉を口にすれば知らない他人になれるのだから、容易いものだった。自分がそうしてきたから、俺がどんなに必死で糸を掴んでいたとしても、相手に手を離されてしまえば終わりだということも知っている。
 それなのに、『絶たれてたまるか』なんて思うようになったのは、いつからだろうか。
「どうしたの、虎於くん」
 肩口に顔を埋めると、上から「珍しいね」と声が降ってくる。
「……俺は、おまえの、だよな」
 俺を甘やかすように髪を撫でていた手が止まる。「どうしたの、いきなり」、言葉とは裏腹に落ち着いた声。
「いいから答えろよ。俺はおまえの、だよな」
「ふふ、言わせるの? 虎於くんは私のだよ。それで私は、虎於くんの」
 顔を上げると、頬に手が添えられる。俺のほうが高い位置に頭があるのに、そんなに落ち着いた瞳をしやがって。
「頼まれたって離してあげないから、安心してね」
 ありもしない言葉の裏を探すより先に、宝物を見上げるみたいに囁かれて、時間が止まるかと思った。心臓はいつの間にか不快感を忘れて早鐘を打ち始める。単純か。本当に、思わず笑いがこみあげるほど。
「……はは、ヤバい女に捕まった」
「捕まりたくて捕まってるくせに」
 うるさい。そう言って唇を寄せる。いつもと同じ合図に、目の前の女はいつもと同じように応えてみせた。
 ああ、どうやら本当に、この女は当分俺を離すつもりはないらしい。それなら俺も離してやらないからいいさ。重ねた唇の隙間からこぼれる吐息さえ、俺とおまえだけのものだから、それでいい。

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