あと五分、なんて思ったことは今までなかった。特段眠りが浅い訳ではないが、すっぱり起きられずに寝坊するなどということもない。アラームが鳴ればすっと目が覚めるのは、幼いうちから仕事という責任を負っていたのが大きいかもしれない。アラームがなくても、陽が昇れば起きられるけれど。
──あと五分、なんて思ったことは今までなかった。なかったのに、自分の心にそんな言い訳を投げかけて、目の前の恋人の髪をそっと梳く。ん、と小さく身じろいだ彼女が、朝の空気の冷たさに肩を震わせて、私の胸元に身体を寄せた。
「……、あと、五分だけ……」
彼女の背に腕を回して、そっと呟く。あと五分でいいからこうしていたい。その願い事を、三十分くらいは唱え続けている気がする。太陽はとっくに世界に躍り出ているというのに、まだベッドから出られないなんて、初めてのことだ。
戸惑いながら触れるその身体がじんわりと暖かくて、ああ、これが幸福のかたちか、とひとりで納得する。あと五分なんて言わずに、ずっと触れていたい。けれどそういうわけにもいかないから、あと五分したら彼女を起こして、朝食にしよう。きっと、五分後にまた「あと五分」と言うのだろうけど。