*夢主=了さんの姪でŹOOĻのマネージャー
年末が近づいて来るにつれて、ŹOOĻの仕事量が劇的に増えた。ŹOOĻの人気は確実に、以前にも増して高まっている。JIMAの受賞やレッフェスでの成功で、国内外から広く受け入れられている、という認知が浸透してきたのも大きい。今年の年末の番組編成は、ŹOOĻの名がそこかしこに見える。テレビに映らない日はないほどに。
──本当のことを言うと、去年はTRIGGERのものだったその地位に、彼らを追い出してŹOOĻが収まったからというのが、仕事が増えた一番の理由だろう。了さんからの圧力もある。TRIGGERの抜けた穴を埋める上で、初めに声がかかるのがŹOOĻなのはそういうことだ。了さんの機嫌を損なえば自分たちの首が絞まる、そういうシステムが、この業界には出来上がっている。恐ろしいほどによく出来た、積み木の城。
「あ、IDOLiSH7」
局の廊下を移動中、悠が呟いた。指をさしている方を見てみると、七人とマネージャー一人の大所帯が廊下の向こう側から歩いて来る。
IDOLiSH7は、TRIGGERの抜けた穴を埋める二番目の候補だ。今勢いのある男性アイドルグループを聞かれると、大抵の人がŹOOĻかIDOLiSH7の名を挙げる。ほんの小さな事務所に所属しているグループだというのに、彼らは人気が高かった。ブラホワ男性アイドルグループ部門優勝の肩書きは伊達ではない。
「あっ、ŹOOĻさん、月雲さん……」
「IDOLiSH7。こんにちは」
こんにちは、と頭を下げたのは、IDOLiSH7のマネージャーの小鳥遊さんだ。今日はたまたま現場が被ったんだね、と呟くと、小鳥遊さんはしっかりした相槌で返してくる。この人は、嫌味なく丁寧に接するのが得意だ。
「あの、ŹOOĻさん、JIMAの受賞おめでとうございます。授賞式の録画を拝見しました。四人一体でのパフォーマンスになって、以前よりもグループとしての完成度が増していると感じました。月並みな言葉ですが……すごいです、圧倒されました」
「はは。そりゃどうも」
「ありがとうございます」
「JIMAを取ったということは、ブラホワで当たるのはŹOOĻさんということになりますよね。素晴らしいグループと対決させていただけて、光栄です」
小鳥遊さんの言葉に、虎於、巳波、トウマ、悠、私の全員が顔を見合わせる。
ブラホワでŹOOĻとIDOLiSH7が当たるのは、既にわかりきっていることだ。わかりきっているから、ツクモプロダクションがどんな手を打つかも、身内である私たちにはわかりきっている。
一般のファンたちの誘導、そしてイベント関係者たちの『コントロール』。ŹOOĻを勝たせるために、了さんはきっと何でもするだろう。勝負の世界では許されないような汚い手でも、何でも。
真っ直ぐな小鳥遊さんの視線から逃げたいと思うのは、自分たちが誠実ではない後ろめたさから、なのかもしれない。正々堂々、一生懸命、切磋琢磨。なんかダサい、と断じてきたものたちが、今はただ眩しくて、うらやましいとさえ思う。お膳立てがなくても勝てるよって、信じてもらえたら。そう、四人に言えたら。
「……こちらこそ」
強がりを言う時は、声が震えてしまっていないかがとても気になる。強がりだとばれたらかっこ悪いから。震えていなくたって、お見通しなのかもしれないけど。
「IDOLiSH7は実力のあるグループだから、ブラホワ楽しみにしてる。でも、私のŹOOĻが勝つから」
「……はい。けれど、勝つのは私のIDOLiSH7です」
当日はよろしくお願いします、と頭を下げると、小鳥遊さんは七人を引き連れて歩き出す。「じゃーないすみん!」と手を振る四葉環を、和泉一織が「四葉さん、前を見て歩いて」と小突いた。
「……言うじゃん」
IDOLiSH7を見送って、悠が私に向き直りながら言った。「私のŹOOĻ、ですって」と巳波が悠の言葉の続きを拾う。
「そんな風に思っててくれたんだな!」
「ちがっ、あれは売り言葉に買い言葉……」
「へえ。さっきのは口から出まかせって訳か」
「いや、えっと……」
そんなんじゃなくて、本音だけど! と続けると、四人はあからさまにうれしそうに笑った。そう、四人はきっと『こういうの』がほしいんだ。私からだけではなくて。僕のŹOOĻ、大事な宝物、勝てるって信じてるよ、そんな信頼を愛情と呼ぶのだと思うから。
年末が近づいてくる。後ろめたさもなく、全力の実力で戦えたらいいな──希望を持つことは自由だろう。早く行くよ、と四人に呼びかけると、巳波が「楽しそうですね」と穏やかに笑った。