初めは苦手だった。遅刻は当たり前だし、授業中は煩いし。それでいて頭は良いのだから、何とも言えない。それは全て兄から聞いた話だが、普段の彼女の態度から簡単に想像がついてしまう。 スカートは短いし、先生に対する会話が友達並だし、それからそれから。そしてそれは何度注意しても直る事はなく、それどころか馴れ馴れしく絡んでくる始末。一応彼女の方が先輩という位に居るのだから、それ相応の態度で示してほしい。 そして彼女は自分より年上だというのに、見ていて危なっかしいのだ。好奇心が強すぎると言えばいいのか、例えを並べると両手では数え切れない程。 つまり何が言いたいのかというと、ずっと彼女から目を離せれないという事。 チチチ、と乾いた空気に小さく響く小鳥の囀り。カーテン越しに広がる太陽の光が、朝だという事を主張している。 数回寝返りを打てば、そのままゆっくりと上半身を起こして。軽く瞼を擦れば、定位置に置いてあるメガネをそっと手に取った。そしてそれを付ければ、今までぼやけていた視界が鮮明に映し出される。込み上げてくる欠伸を吐き出せば、今から三分後に鳴り出すであろう目覚まし時計の仕事をオフにした。 頭はまだ眠たいのだが、眼は毎日定時に覚ます事に慣れてしまった。そっとベッドから降りて床に足を着けば、再び込み上げる欠伸。それと共に頭を小さく掻けば、学校に行く為そっと制服に手を掛けた。 眠たい脳内とは裏腹に、テキパキと着替えていく。きっちりとボタンをしてネクタイも締めれば、少し汚れているメガネのレンズをそっと拭いて。そして漸く部屋から足を踏み出した。 いつもと変わらぬ朝に、いつもと変わらぬ行動パターン。それでも、いつもとは少し違う日常。例えば、養子であるソフィが朝早くから母さんと一緒に朝食の準備をしていたり、その卵焼きに含まれている醤油が少し濃かったり。朝食をとっていれば、少し遅れて兄であるアスベルが降りてきて。欠伸を噛み殺しながら頭を掻く姿に、起きたばかりの自分とデジャヴして少しだけ可笑しかった。 そして他愛のない会話が広がる中、朝食を食べていれば。ソフィが徐に"アスベルはシェリアと付き合ってるの?"と小首を傾げた。その言葉が言い終わる前に、アスベルは食べているものを吹き出しそうになりながらも、それを呑み込めば。 「ななな、何を言い出すんだソフィ!?」 「…違うの?」 「……うっ」 「兄さん、これは諦めた方が良いかもしれませんね」 顔を真っ赤にさせて息を詰まらせる兄の姿に、そっと肩を叩けば、彼はわなわなと震えて席を立ち上がった。そして、ご馳走様!と勢い良くこの場から立ち去れば、この空気から逃げ出す選択を選んだ彼に苦笑。 未だに首を傾げるソフィを余所に、ヒューバートは母であるケリーと顔を見合わせて小さく微笑んだ。 本日、晴天。照りつける太陽の光が暖かくて、心地良い。 あの後、ヒューバートも直ぐに食べ終え、アスベルの後を追うように玄関から飛び出してきた。いつも一緒に登校しているし、何よりソフィの疑問の火の粉がこちらに飛んでこないという保証は無い。ヒューバートは溜め息を吐き出しながらも、目の前で未だ恥ずかしそうに顔を赤らめる兄の姿に苦笑を零した。 実際にアスベルとシェリアは付き合っている。昔から幼なじみでよく遊んでおり、いつかは付き合うだろうと昔から薄々感じていたので、実際付き合っていると知った時はそれ程驚きはしなかった。 一回だけ、どうして付き合っている事をソフィに言わないのか聞いた事がある。彼曰く、ソフィにはこういう事はまだ早い、らしい。きっとソフィも薄々は気付いていると思うが、彼は気付かれていないと思っているのか否か。こういった時に彼の頑なな性格は面倒だと、つくづく思う。 そんな事を考えていれば、少しだけ頬の赤らみが引いたアスベルの足が止まり、そっと振り返って。 「…なぁ、ヒューバート。俺ってそんなに分かりやすいか?」 「知りませんよ、そんなの。……ただ、」 「ただ?」 「兄さんは、……って、うわっ!?」 ヒューバートの言葉は突然の背中の衝撃により遮られてしまった。 踏みとどまったので前に倒れる事はなかったが、一体何なんだと振り返りその先を確認したところで一気に息が詰まる。そこには自分の背中で縮こまる大きな猫、否、パスカルが居た。 あまりの予想外な人物に思わず肩が震える。それと同時に火照り始める頬の熱に、頭の中がショートしてしまいそうだ。 何をしているのかを聞こうとしても、きちんと呂律が回ってくれず。 「パパパ、パスカルさん!?」 「弟くーん、助けて〜!お姉ちゃんが〜!」 漸く絞り出した言葉は震えており、隠しきれない緊張感がぐるぐると頭の中を掻き乱していく。 今が学校の登校中だという事も、今は考える余裕すら無くて。遅刻だとか、周りの視線だとか。そんな事より、今は目の前の彼女の距離が果てしなく近すぎてどうにかなってしまいそう。 パスカルは泣き言のように、大学生である姉に服装をきちんとしなさいと、ネクタイで首を絞められると訴えている。きっとこれは日常茶飯事なのであろう、その慣れた逃げ具合に瞬き一つ。 服越しに伝わる彼女の体温を感じながら、どきどきと波打つ心音が伝わらなければ良いと小さく願う。この気持ちが一体何なのか、それはたぶん自分でも気付いているのであろう。それでもプライド故か、自分自身に認める事ができなくて。それでもこの気持ちは、きっと本物で。 そんなヒューバートを見守るアスベルは、そっと微笑んだ。 その時だった。 「こら、パスカル!待ちなさい」 「げっ!……っ、弟君行くよっ!」 「えっ?」 パスカルを追い掛けて、彼女の姉であるフーリエが走って来ている姿が目に入った。 その瞬間、彼女の手のひらがヒューバートの腕を掴み、そっと一言。あまりに唐突だったので、上手く言葉を返す間もなく。そのまま引っ張られる形で、パスカルの後を走り出した。 また彼女に振り回される事に溜め息が込み上げてくるが、何故かそれがとても心地良かった。 幸せな日常はここにありました あの後、そのまま教室までずっと手を握ったままだった。 未だに残る暖かな感触に、そっと手のひらを握り締める。 「で、結局俺は何なんだ?」 「だから兄さんは―…」 兄さんは嘘が下手なんです、と言おうとしてやっぱり止めた。頬の熱が止まないこの状況で、何だか今の自分も彼とあまり変わらない事に気付いてしまったから。 ヒューバートは小さく目線を彷徨わせて、そっと溜め息を吐き出した。 「…っ、なんでもないです!」 -------------------------------------------------- 初めてTOGの文章を書きました!学パロのつもりです。 そしてメインはヒュパスのつもりなのだが、その描写が殆ど無くて笑えない← でも愛は詰まってます! |