それはとある港町。煉瓦細工を主とした家造りが特徴であり、また街も活気に溢れ観光客も多い。 そんな街の片隅にある大きな屋敷に、一人の少女は暮らしていた。少女の名前は鏡音リン。 彼女はとても嬉しそうに私服に着替え、鏡とにらめっこしている。箱入り娘で、あまり家から出た事がないのだが、今日は久しぶりに外出許可が下りたのだ。 (また、会えるかな…?) 無意識に緩む口元。それを隠すように両手で覆えば、そのまま自分の部屋を後にした。 両親はいつも忙しく、朝起きればもう仕事に行っているし、夜は帰るのが遅い。それはとても寂しいが、慣れるしかないと自分でも自覚している。 リンは近くに居たお手伝いさんに外出してくる事を告げれば、にこやかに家を出て行った。 わいわいと賑やかな街。 リンは人の活気と暖かみに溢れたこの街を歩く事が好きだった。しかし家より遠くへ行けば、あまり歩いた事のない街はリンにとって迷路同然なので、迷ってしまう自信がある。 辺りを見回しながら、一つの店に目を向ける。硝子越しに見える可愛らしいアクセサリーに微笑みながらも、視線を前方へと戻せば。 そこには、自分と同じ黄金色。 まさかと思い、走って彼の前まで来れば。突然のリンの登場に驚いて目を見開く目の前の人物。 彼は鏡音レン。昔リンの家で彼の両親がお手伝いをしており、その時はよく話をしたり遊んだりしていた。 彼と過ごす日々がとても楽しく、幸せだった。 しかしレンの父親が亡くなってしまい、それから会うことはなかったのだが、前に外出した時に見つけ。その時気付いてしまったのだ。 レンの事が好き、だと。 なのでこの間、彼を見つけた時に好きだと伝えたのだが、彼はめんどくさそうに頭を掻いて紛らわしたのだ。 それでもこの気持ちを諦めるなんて出来なくて。彼を見るだけで高鳴る鼓動が抑えられなくて。 まるでハートの形のラビリンスに迷い混んでしまったかのように、抜け出せる気がしない。 彼の心を見つけるために、今日も追いかける。 リンは嬉しそうに微笑み、彼を見上げる。見上げるといっても、そんなに背丈は変わらないのだが。 「レン!」 「…ん、ああ。久しぶり」 「レン、好きだよ」 「知ってる。あ、俺忙しいから。またな」 まただ。また彼は避けるように拒否する。 きっとこの好きという言葉も本気に捉えてくれていないのであろう。 その度にズキズキと痛む胸を紛らわすように、彼に抱き付く。しかし簡単に剥がされ、再び別れの言葉を言ったかと思えば、リンに背を向ける。 待って。なんて静止の言葉を放っても、レンは何の反応も返さないまま歩いて行く。 いつもはここでリンも背を向けるのだが、今日はそんな事をする気はなかった。きっとここで引いてしまったら、この関係は変わらないまま。 自分が本気で彼の事を好きだと、心の底から伝えたい。リンは思いっきり地面を蹴り、待って。と再び静止の言葉を放つ。するとレンは一瞬振り返り、リンの存在を確認すれば彼も地面を蹴り上げた。 彼が振り返った時に、一瞬だけ笑みが見えたような気がしが、気のせいだという事にしておく。 彼を追いかけて、入り組んだ路地裏を掛けていく。 捕まえた後の事なんて考えてはいない。ただこの気持ちの赴くままに進んでいく。 男女の差だとは思うが、段々と開いていく距離。 それが何だか自分達の関係のようで、泣きたくなる。昔はあんなに近い存在だと思っていたのに、今はこんなにも遠い。 いつしか誰かが言っていた。男の子は誰だって狼になるのだと。それなら兎はどうすれば良いのだろうか。 ただ食べられるだけ、だなんて許さない。 追いかけて、追いかけて。 自らが狼の心を食べてしまえば良いんだ。 苦しくなる呼吸に、疲労で重たくなる足。 リンはゆっくりその場に立ち止まり、荒い息づかいを正そうと息を肺いっぱいに吸い込んで吐き出す。それを繰り返し、ふと顔を上げる。 するとそこには誰も居らず。 見失ってしまった。 と肩を落とし、ゆっくりと地面に座り込む。辺りを見渡せば全く知らない道に少し戸惑うが、頭の中はそんな事など考えてはいなかった。 (どうしてこんなに想ってるのに、振り向いてくれないの?) きゅうっ、と締め付ける胸を抱く。日の光がまるで嘲笑うかのように照り付ける。 彼はあたしのこの想いに興味なんてないのかな、なんて。段々こんがらがってくる感情。 それを誤魔化すように左右に首を振れば、ゆっくり立ち上がる。 いつも彼はめんどくさいと言ってリンから避けている。理由なんて知らないし知りたくもない。この想いに忠実で、大胆な行動に呆れているのかもしれない。 それでも好きなのだから仕方ないじゃないか。 この想いを全て受け入れてほしくて、知ってほしくて。 嫌われてるからといって潔く諦めるなんてできないし、この想いだけは見失いたくないから、溢れそうになる涙を堪えて。 来た道を戻ろうと振り返った。 その時だった。 「!」 振り返った先に居たのは、先程見失ってしまったレンの姿。 どうして目の前に現れてくれたのだろう、という疑問が一瞬横切ったが、それよりも嬉しさの方が上をいき。 今度こそ逃がさないように、彼に思いっきり飛び付いた。 すると体は重力に従い、どさり。とレンを押し倒すような形で地面に倒れ込む。 その衝撃で少し顔を歪めながらも薄く笑みを向ける彼に、どきどきと震える鼓動が止まらない。この後何をするかなんて考えていなかったので、自分の下で笑みを零す彼と交わる視線に戸惑い、焦る頭の中。 「……えと、その。レン…好き、だよ」 火照っていく頬に、揺らぐ瞳。 それでも今一番伝えたい言葉を彼に送る。 いつも彼に言っている言葉を、このように向き合って言った事がなかったので、緊張と恥ずかしさで頭が可笑しくなりそうだ。 それでも彼から目が反らせなくて、数秒間見つめ合う。 するとリンは、こんな格好だから恥ずかしいのかもしれない。と、誤魔化すようにレンの上から退こうと腰を上げれば、突然腕を掴まれた。 そして引っ張られれば、簡単に彼の腕の中。 「レレレ、レン!?」 「…覚悟はいいね?」 「…え?」 「全部リンが悪いんだよ、我慢してたのに。それに、」 捕まえたら二度と逃がさないから。 と、そっと耳元で囁かれ一気に顔の熱が上昇する。 だれも来ない路地裏。もしかしてここに誘い込まれたのかもしれない。 しかし、それでも良かった。 やっと彼を捕まえて、彼に捕まえられた。 もうこの距離はゼロに等しく、逃げるなんてできない。 "いただきます" "どうぞ召し上がれ" 二人は微笑み合い、ゆっくりと瞼を閉じて。 重なる影と影が二人の呆気ないラストを彩っていた。 だって好きなんだもの -------------------------------------------------- ぴょんぴょんハートをイメージ ……したつもりなのだが、グダグダになってしまい申し訳無いです。 しかし書いてて楽しすぎた← リクエストありがとうございました! とっても可愛い原曲様 【鏡音リン・レン】 ぴょんぴょんハート 【-オリジナル-】 |