温かな光が窓から覗き、眠たい頭に朝だと告げる。 ごろんとベッドの上で一回寝返りを打てば、布団がはだけて小さな溜息。目覚まし時計に手を伸ばせば、あと数分で鳴る予定であった音の設定をオフにする。 上半身を起こし欠伸をしながらも体を伸ばし、ゆっくりとベッドから床に足を付いた。 今日は金曜日。今日学校へ行けば、明日は休み。 別に休みの日にどこか行く予定がある訳ではない。それでも休みという響きだけで楽しみになってくる、本当に不思議だ。 リンは一人暮らしをしている。 親に進められて名門校に通う事になったのだが、家から遠いので安価なアパートを借りて一人で暮らす事になったのだ。 もちろん両親とは仲が良く、夏休みには実家に帰ったりしている。一つだけ不満があるとすれば、お金は全て親の仕送りだという事ぐらいか。 本当はバイトをしたかったのだが、親に反対されて。就職したら少しずつ返して欲しいという両親の過保護さに呆れながらも、それだけは譲らないという両親の粘り強さに負けて今に至るのだ。 自分は本当に愛されてるな、と少し口元を微笑ませた。 そんな事を考えながらも着馴れた制服に着替え、頭に大きなリボンを付けて鏡で確認する。 時計を見れば学校に行くには余裕がある時間帯だが、リンは急いでパンを加えて家を出た。 すると目の前の扉も同じタイミングで開いた。 安価なアパートの古びたドアノブを握る、自分と良く似た黄金色の髪が太陽の光を浴びて、きらきらと綺麗。 自分より大きな背丈に、優しそうなスカイブルーの瞳。それが自分のそれと交わって、彼がにっこりと爽やかに微笑んだ。 思わず魅入ってしまう。 「あはようリンちゃん」 「お、はようございます」 彼の優しい微笑みに包まれながらも、ぎこちなく挨拶を返す。 彼はリンがこのアパートに引っ越してきて三日後に引っ越してきた大学生。名前は鏡音レンといい、珍しい名字なのに同じなので、初めは本当に驚いた。 その事とアパートの部屋が向かい側だという事のおかげで、彼とは毎朝こうして挨拶を交えたり、街で会うと世間話に花を咲かせながら一緒にアパートまで帰ったりしている。 一目惚れだったのかもしれない。 一緒に居るだけで、彼を見るだけでこのどきどきとした胸の鼓動が止まらないから。 なのでリンは彼と会うために、毎朝彼がいつも家を出る時間帯に自分も家を出ているのだ。 鬱陶しくないかな、とか。拒まれたらどうしよう、とか。不安要素は数えきれないほど出てくるが、それでも彼への想いは止めれそうになかった。 一緒にアパートの階段を下りて、途中まで一緒に行く。これがいつもの毎朝。今日もいつものように彼の隣をキープして歩いて行く。 彼は本当に優しい。歩く時も歩幅を合わせてくれるし、リンが車道側にならないようにしてくれる。その心遣いだけで、きゅうっと胸が締め付けられた。 一緒に過ごすこの瞬間の一つ一つが幸せで、これ以上の幸せを求めれば何かが壊れてしまう、そんな気がした。 それでも今日はそれを自ら壊そうとしている。例え拒まれて、このように一緒に歩いたり顔を見合わせたりする事が出来なくなっても、この数パーセントの期待に賭けてみたい。 そう、今日彼に告白をしようと思うのだ。 どきどきと止まらない鼓動と、じわじわと上昇する頬の熱。 鞄を握る掌にじわりと汗が滲んだ。 「あ、あの…。レンさん、えと」 「ん?」 「あああ、あの。…す、す、数学で分からない所があるんで今日教えてくれませんか?」 言ってしまってから後悔した。 好きという単語一つ言えない自分に自己嫌悪しながらも、そこまで親しくなった訳でもないのにこんな図々しい事を言ってしまい泣きたくなる。 きっと呆れられたな、なんて思いながら慌てて先程の言葉を訂正する。 「あっ、と…冗談です!すみませ、」 「いいよ」 「え?」 「数学。教えて欲しいんでしょ?今日学校が終わったら来ていいから」 にっこりと微笑むその笑顔が眩しくて、優しくて。 彼との距離が少しだけ縮まったような気がして、じわじわと込み上げてくる嬉しさに口元が緩んでいく。 次の曲がり角で彼とは別れるが、学校が終わってからも彼と会えるという事実に嬉しさの方が上回っていた。 軽い足取りで学校に付けば、まだ早い時間帯なので教室に一人で席に着いて小説を取り出す。 毎朝読んでいる小説で続きが気になっていたのだが、今はそれを読もうという気になれなくて。それ以上に放課後が楽しみで楽しみで。 再び込み上げてくる歓喜を噛み締めながらも、机にうつ伏せになり幸せそうにはにかんだ。 彼の部屋はどんなレイアウトなんだろうか、とか。教え方は上手なのかな、とか。その前に教えてもらう数学の問題を用意しなくちゃ、とか。 早く放課後にならないかな、とリンは読みかけの小説を閉じた。 あれから数時間。学校の時間はいつもと変わり映えのない日常。それでもこの変わらない日常が好きなので、不満なんてものは無い。 友達であり親友でもあるグミにだけ、リンが同じアパートに住んでいるレンの事が好きだという事を教えている。そしてリンも彼女が好きな人の事も知っている。 二人はお互いに恋の悩みを相談をし合える、この学校でも可愛くて有名な仲の良い親友なのだ。 そして今日も彼女に告白すると言っていたのだが、それが出来ず。その代わりという訳でもないのだが、数学の勉強を教えてくれる約束をしたと告げれば。 グミはまるで自分の事のように喜んでくれて、その笑顔にリンはさらに笑顔を濃くした。 「リンちゃん、頑張ってね!」 放課後。部活のある彼女と別れる前に笑顔に包まれた応援の言葉を再度けられ、それを心に染み込ませながらも学校を後にする。 数学の先生から貰ったプリントを鞄の中に忍ばせながら、自然と早くなる足取りで先を急ぐ。 いつも一人で帰っているこの通学路が、いつもより短く感じる。 いつの間にか着いていたアパート。足取りが遅くなりながらも、思い出したようにどきどきと心臓が騒ぎ始める。 どうしよう、どうしよう。 先程までとても楽しみだったのだが、いざ着いてみると緊張感がどっと押し寄せてきて。生唾を飲み込みながら揺らぐ焦点。 階段を登り終えて、ゆっくりと歩いて行く。 どきどき、どきどき。 彼の部屋の前で立ち止まり、少し躊躇う。ノックしようとした手が扉の数センチ前で止まる。 目線をきょろきょろと彷徨わせながら、一回自分の部屋に戻って落ち着いてから来ようかな。と思い、そっと背を向けた。 その時、彼の部屋の扉が開いた音がした。 「リンちゃん、いらっしゃい。入らないの?」 「あ、えと。…お邪魔します」 顔だけ振り返れば、優しそうに微笑む彼の笑顔が出迎えてくれた。 どうして自分が来た事が分かったのか不思議だったが、突然の彼の姿に心の準備なんて出来なくて、そんな事を考える余裕もなかった。 リンは体ごと彼に向き合い、ゆっくりとお辞儀をする。 そして彼に手招かれるまま部屋に入っていく。そしてリンが入った途端、ぱたんと扉は静かに閉じた。 基本的には安価なアパートなのでリンん部屋と同じなのだが、彼の部屋はとてもシンプルな、いかにも男の人の家で。 丁寧に片づけられたそん部屋を見回して、思わず上がる歓声。そんなリンに彼は苦笑しながらも、部屋の真ん中辺りにあるソファに座るように促した。 リンはそれに応え、ゆっくりと腰を下ろす。すると彼もバナナジュースの入ったコップを二つ机の上に置いて、リンの隣に腰を下ろした。 肩と肩が触れ合うような触れないような、そんな距離。 一気に上昇する熱が止まらない。緊張に肩を強張らせながらも、鞄の中からゆっくりと今日貰ったばかりの数学のプリントを取り出す。 そしてそれと同時に筆記用具を取り出そうとして、その動きを止めた。 (あ、筆記用具…学校に忘れた) どうしようか悩んでいれば、彼は察したのか。 何か忘れたのかと問いてきた。リンはそれに素直に頷きながら、筆記用具を忘れたことを告げる。 すると彼は徐に立ち上がり、取って来ると告げて向こうへと行ってしまった。 勉強を教えて欲しいと頼んだのは自分なのに、忘れ物をするなんて本当に教えてほしいのかと呆れられたらどうしよう。という不安に押し潰されそうになりながらも小さく溜息を漏らす。 そして徐に部屋を見渡した。 すると、初め来た時は気にならなったのだが、この部屋の隣の扉が薄く開いて何かがその扉の下に落ちている事に気付いた。 人の部屋を勝手にうろつくのはどうかとも思ったが、なぜかそれが気になって。 彼がまだ帰って来ない事を確認してそっとソファから腰を上げて、それに近付いて行く。 そして真っ暗な部屋の隙間から覗くそれを拾い上げて、そっと見てみれば。 絶句した。 それは一枚の写真で。それだけなら何の驚く要素もないのだが、その写真に映っているのは服を脱いでいる途中の"リン"の姿。 え。という言葉が出てくる前に、背筋が凍るような感覚に襲われた。 「人の物を勝手に見るなんて、いけない子だね」 その穏やかな彼の声に、恐る恐る振り返る。 するとそこには案の定レンが居て。その表情は怒っている訳でも焦っている訳でもなく、いつもの優しそうな表情でこちらを見下ろしている。 いつもはその表情に魅入ってしまい、どきどきと意識してしまっていたのだが。今は、そんな心境になれる訳もなく。 これは何かの冗談だと信じたいのに、この手の中にある一枚の写真が現実に引き戻す。 いつもと変わらない彼の表情がなぜかとても恐ろしくなって、震える足が一歩一歩後ろへ後ずさる。 すると内開きのこの扉はリンを招くように開いて、思わず足が絡まり尻もちをついてしまった。 その部屋は暗くて辺りが見えにくいが、扉が全開に開いており隣の部屋から光が漏れてこの部屋に明かりを照らす。 この部屋を目の当たりにして、目を見開き小さく悲鳴が零れた。 部屋を埋め尽くす写真、写真、写真。 その写真は全てリンの姿で、全ての写真がカメラに気付いておらず。これが全て盗撮写真だという事は目に見えている。 壁、天井、床、全てに張り巡らされたリンの写真。 目の前の彼はそれを愛おしそうに見渡し、そして最後にリン自身を見つめニッコリを笑みを零した。 かたかたと震える体に、怖くて声が出てくれない。 そんなリンの頬を、レンはそっと撫で上げる。 そして愛おしそうに微笑んだ。 「やっぱり本物が一番可愛いね」 これからずっと、帰してあげないから。 そう耳元で囁いた彼の声が、愛しいはずの彼の声が、怖くて何も聞こえなくなった。 幻想の終焉はどこ ---------------------------------------------------------- 年の差ヤンデレン×リン ヤンデレという名の変態に仕上がりました← たぶんこの後、リンちゃんは監禁されます。リクエストありがとうございました! |