ミクとミクオと一緒に学校へ登校する。それが鏡音リンのいつもの日課。だった。
それなのに一体これはどういう状況であろうか。
学校に来るまではいつもと一緒だったのだが、学校の校門付近に着いて気がついた。校門の前で鏡音レンが待ち伏せをしているではないか。
リンは痛くなる頭を抑えながらも、わざと気付かないフリをしてミクに話しかけるように、彼から視線を外した。

「おはよう、リン」

やはりそんな誰でも安易に考えられる知らないフリは通用せず。意図も簡単に関わりを持ってしまった。
リンは小さく舌打ちしながらも、笑顔で彼へと視線を変える。
するとミクとミクオは驚いてリンとレンを交互に見比べて、お互いに視線を交わせる。
レンはそんな二人に軽く会釈をすれば。

「初めまして、リンと付き合っている鏡音レンです。」

と、自己紹介を始める。
二人はきょとんとした顔で、釣られて名を名乗り会釈。
そんな中、その一連の動作にリンは目を見開いた。付き合っているというのは彼がゲーム感覚で言っている事なので、唯一親友と呼べる二人にはどうしても言ってほしくなかったのだ。
引き攣る口元を隠す事ができない。
二人共リンに背中を向ける形で立っているので、二人がどんな顔をしているのか分からない。
どうして教えてくれなかったのか、と失望した顔をしているのだろうか。それとも全く信じられなくて、呆れたような顔をしているのだろうか。
頭の中でおろおろと焦っているリンに追い打ちをかけるように、保健室まで一緒に行くよ。と爽やかな笑顔でレンが手を差し伸べるものだから。
大丈夫だと丁重に断り、速足でその場から離脱した。


頭の中が冷静になった時には、既に保健室の前に着いていた。
ミクとミクオを置いてそのまま来てしまい、二人に悪い事をしたと自己嫌悪。
はぁ、と小さな溜息を洩らしながら保健室の扉を開ければ、そこにはいつものように巡音ルカ先生がこちらに背を向けて椅子に座っていた。
そして扉の開く音に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。
長い桃色の髪がゆらりと揺れて、とても綺麗。そんな僅かな動作に感動してしまう、これが大人の魅力というものなのだろうか、なんて頭の片隅で思いながら。
彼女はリンの存在を確認すれば、ふわりと優しい瞳を向けた。
そしていつものように朝の挨拶を交えば、特等席に座り鞄を机の上に置く。白いカーテンがふわりと揺れて、窓が開いているという事に気がついた。
鞄から教科書と筆記用具を机の上に置けば、柔らかい香水の香りが鼻を掠める。
徐に顔を上げれば、ルカが目の前の椅子に座っており。
いつもは仕事をこなしながら会話をしてくれるので、少し驚いた。しかし少しの嫌悪感も抱かなかったので、追求はしなかった。

「鏡音さん、昨日は授業に出たのね」
「……はい。何も言わずに、すみません」
「良いのよ。…でもちょっと寂しい、かな」

最後の台詞が聞き取りにくくて小首を傾げたが、昨日の事を思い出してそんな事はどうでも良くなった。
昨日、鏡音レンに勝手に付き合ってます宣言を教室でされた後、居た堪れなくて保健室に行こうとしたが、彼に止められてしまい。そのまま最後まで教室で授業を受ける羽目となってしまったのだ。
昼休みはミク達の教室に逃げて、その時間だけ彼から開放できた。
ルカが切なそうに見つめる中、リンは今日の放課後、彼にこんな事をして何の意味があるのか問いただしてやる。と、壁をただただ睨み続けた。



「リンちゃん!」
「リン!」

昼休みになった途端、勢いよく保健室の扉が開き。そこにはミクとミクオが何とも言えない形相で立っていた。
一体どうしたのかと思ったが、それでも二人がいつもと同じ(だと思う)様子だったので安心した。ルカ先生もリンと同じように目を丸くして、息を整える二人を凝視する。
リンが二人に、どうしたの?と小首を傾げれば、それを合図にミクは一気に目を見開いた。

「朝のあいつ何なの!?リンちゃんの彼氏とか何とか言ってた気がするけど気のせいよね?」

あまりの早口に押されて思わず口角を震わせてしまう。俺は認めない、と静かに唸るミクオに、自分に向けられていないが確かに殺意が感じられてしまった。
そんな二人を片隅にリンは、あれは只の彼の妄想だと、吐き捨てるように手を左右に振る。
その言葉に二人は安心したのか、先程までの殺意など消え去り柔らかな笑みを浮かべた。
リンの本当の性格を知っている人はこの学校に四人しか居ない。
初音ミクと初音ミクオは親友だからこそ本当の自分を見せている。そしてこの保健室の先生である、巡音ルカ先生。
初めは隠し通すつもりだったのだが、なぜか直ぐに見破られてしまったのだ。今思えば、見破られて良かったと思っている。
そしてもう一人は、鏡音レン。
偶然か必然かは分からないが、本当に不快に思う。しかし本性を隠しているのはレンも同じだったらしく。
リンは未だに残っている、レンがリンを脅す場面を映した携帯電話のムービーを思い出し、再び吐き気を覚えた。


パチン、と携帯電話を閉じる。
窓の外を確認すれば、すでに空は夕暮れ掛っており。部活をする生徒の声しか聞こえてこない。
ミクとミクオには先に帰ってほしいという事を伝え、教室にはもう誰もいなくなる頃までずっと保健室で携帯電話を開けたり閉めたりを繰り返していた。
そして意を決して椅子から立ちあげれば、ルカ先生に挨拶をして保健室の扉を開けた。
かつかつ、と廊下に響く上履きの音。
この廊下はおろか、この学校には既に自分しか居ないのかと疑ってしまう程。
誰にも会わないように、この時間帯まで待っていたのだから、誰にも擦れ違う事がない事には何も疑問も持たないのだが。
リンは別に誰かに呼び出されてこの廊下を歩いている訳ではない。勿論、忘れ物や待ち合わせも然り。
ただ、教室に行けばあいつが居ると直感的に感じてしまったからだ。
この直感はただの直感なので確信ではないので、居なければ居ないで別に困る事もない。
(でも、あたしにわざわざ出迎えさせた事に後悔してもらわないとね)

ガラッ。
漸く着いた教室の扉を勢いよく開ける。すると、誰も居ない筈のその教室に一つの人影が目に入った。
その人物は、案の定。鏡音レン。
直感していたとは言え、予想通りすぎて面白みの欠片もない。
教室の扉で立ち竦んでいれば、彼はこちらに気付き。ゆっくりと顔を振り向かせた。

「やぁ、そろそろ来ると思っていましたよ」
「奇遇ですね。あたしも、そろそろ居ると思っていました」

にやりと口角を釣り上げながら、お互いに見つめあう。
レンは机の上に座り、リンの言いたい事は全て分かっているとでも言うように足を組んでいる。普段は絶対しない(実際には見ていないので正確にはわからないが)事を目の前でしている彼を、クラスメイトに見せてあげたいくらいね、とリンは胸の中で嘲笑う。
そして、ずっと見ているだけでは話も進まないし、何より気持ち悪い。
リンは小さく溜息を吐きだせば、口元を下げてゆっくりと目を細めた。

「…で?あたしの言いたい事は分かっていると思いますが、あなた一体何がしたいんですか?」
「ははっ、やだなぁ。一昨日言ったじゃないですか、」

付き合いませんか、って。
そう彼が告げれば、にっ。と笑みをさらに深くする。
そして、ゆっくりと机から腰を上げて、一歩一歩リンに近付いていく。
リンはそんな彼を冷めたような瞳で見据えた。

「あたしは同意していません」
「でも拒否もしていませんよね」

最初に断りを告げようとすれば途中で遮られたし、昨日は拒否の言葉が遅すぎて皆に聞き入ってもらえなかった。
つまり、その拒否は拒否した事にはいらない。そう言いたいのであろうか。
だんだんとこちらに近付いて来る彼に向けて再度溜息を吐けば。

「なら今から言います。あなたとは付き合えませ、」
「だから言ってるじゃないですか。駄目ですよ、って」
「……っ!」

再び拒否の言葉を遮られ、口元を小さく引き攣らせれば、突然彼に腕を掴まれた。
と思ったら。ぐいっと彼に引き寄せられ、そのまま壁に背を付けられる。顔の真横に彼の片手が付き、もう片方の手はリンの腕を顔の真横で壁に貼り付けるように掴んでいる。
容易く逃げられないように、彼の足がリンの足の間に入り込み。
気付いたらこのような体勢になっていた。やはりこれが男女の差というものなのだろうか、とリンはこの状況とは正反対に頭の中では冷静に考えていた。
それでも少し驚き、目を見開く。
無駄に顔の近い彼に吐き気を覚えながらも、見開いていた目をゆっくりと細める。

彼の始めた面白くないつまらないだけのこのゲーム。どちらかが諦めたら負け、どちらかが本気になったら負け。
別に彼の言葉でそれを聞いたわけではないが、彼の目を見てリンは直ぐに確信できた。
しかしそんな下らない事をする程、自分は甘くはない。
リンは冷めた瞳で彼を見つめていれば、そんなリンにレンは勝ち誇ったようにくすりと笑みを零した。

「今の状況。どっちが優勢か、分からない訳じゃないだろ?」

男のレンと、体の弱い女のリン。
力の差は漠然で、しかもリンには逃げ道すら断たれている。
レンはリンの耳元で、そう告げれば口角を上げてリンを見据える。
しかしリンは諦めたような困ったような顔色は一切浮かべず、寧ろ相手を蔑むように鼻で笑った。

「……目に映るもの全てが本物だと思わない方が良いですよ?」

その言葉にレンは小さく眉を潜ませる。
するとリンは突然少しの躊躇いもなく、ゴッ。とレンの頭に自分の頭をぶつけた。
少し怯んだ彼の手が緩んだ事を直ぐに確認し、それを掴み彼の体をふわりと宙に弧を描かせた。
だんっ!
彼の背が床に叩きつけられ、その衝撃音が教室内に響き渡る。
レンはこの状況に上手く理解できていないのか、痛む背中に気を向ける暇もなく唖然と宙を見つめている。
そんなレンにリンは見下ろしたままくすりと笑みを零し、どうして驚いているのかと嘲笑った。

「私が嘘吐きなのは、あなたがよく分かっている事でしょう?」

そのまま踵を返し教室内から出ていけば、残されたレンは暫くの間この体勢のまま動く事ができなかった。




優勢はどちらでしょう







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